初回衝撃(first impact)  第二十四章


「あー、疲れた」
 アパートに戻ったハボックは買ってきた袋を手にキッチンに入る。やかんを火にかけ湯を沸かす間に買ってきたカップの包みを解き丁寧に洗った。少しして湯が沸くとポットとカップに湯を通す。ポットに茶葉を淹れて湯を注ぐと出来た茶をカップに移した。
 カップを手にリビング兼ダイニングに移動するとソファーに腰を下ろす。手にしたカップに鼻先を近づけ、クンと匂いを嗅いだ。
「うーん」
 確かにどこかで嗅いだ事があると思うのだがどうしても思い出せない。今度は口に含んで舌の上で味わってからゴクリと飲み込んだ。
「わっかんねぇな……」
 もう一度飲めば判るかもとわざわざ店まで行って買い求めてみたが、記憶の襞を擽るものはあるものの思い出すところまでいかない。苛々と短い金髪を手で掻き混ぜた時、電話のベルがリンと鳴った。
「誰だよ、うるせぇな」
 折角ひとが集中して考えているのにと、ハボックはムッと眉を寄せて唸る。だが、そうしたところで電話の相手に聞こえはしないので、ハボックは仕方なしに立ち上がると受話器を取った。
「はい」
 と、ぶっきらぼうに答えれば聞こえてきたのは久しく会っていない学生時代の友人だった。
「なんだよ、今、手が離せねぇんだけど。────え?彼女?ちげぇって」
 手が離せないと言えば彼女でも来ているのかとからかう友人にハボックは苛々しながら受話器を反対の耳に押し当てる。手を伸ばしてカップの茶を啜りながら尋ねた。
「何の用だよ、マジ今手ぇ離せないから用事がないなら切るぞ」
 ハボックが言えば電話の相手は慌ててハボックを引き留める。どうやら脱法ハーブに手を出して当局に目を付けられてしまったので、どうにか手助けしてもらえないかという話だった。
「お前、まだそんなことやってんのかよ」
 学生時代あまり大っぴらには言えないようなことも一緒につるんでした相手にハボックはため息混じりに言う。自分とて軍人としてそうそう褒められたものではないが、それでも一応人に後ろ指さされない程度には更正したと言いかけて、ハボックは突如蘇った記憶にハッとした。
「────思い出した」
 呟くように口にした言葉を聞き取れず、電話の相手が聞き返してくる。だが、ハボックはそれに答えず受話器を叩きつけるようにして電話を切った。
「そうか、あの時の……っ」
 ハボックはそう言ってカップを手にキッチンに飛び込む。カップをシンクに放り入れると残りの茶葉が入った袋を引っ掴んだ。
「大当たりだったらちょっとくらい口添えしてやるぜっ」
 ハボックはそう怒鳴るとアパートを飛び出し司令部に向かって駆けていった。


 外灯もなく暗く沈んだ狭い路地に面した店の裏口が開く。中から幾つもの段ボールを載せた荷台を押して男が出てきた。
「助かったよ、最近手入れが多くてさ。あっちもこっちも駄目で」
「やり方が甘いのよ。利用出来るものはどんどん利用して、上手く立ち回らなくちゃ」
 振り向いて礼を言う男に、女が自慢げに答える。
「軍も憲兵も男なんて甘ちゃんなんだから、あしらうのなんて簡単よ」
「女は怖いねぇ」
 男は苦笑して肩を竦めると懐から袋を取り出した。
「じゃあ、これ、今回の分」
 差し出された袋を受け取って女は中に入った紙幣の数を確認する。女が笑って頷くのを見て、男も頷き返した。台車の上の段ボールを店の裏手につけていた車の後部座席に積み込む。
「また次回も頼むぜ」
「待ってるわ」
 女がそう答えた時、背後から涼やかな声が聞こえた。
「やあ、カレン、こんな夜遅くまで仕事とは、随分と熱心だね」
 その声にギクリと震えて女が振り向く。そうすれば闇夜に紛れるように立っていたロイがフラリと姿を現した。
「マスタングさん、どうしたんですか?こんな時間に」
 ロイの姿を認めてカレンがにっこりと笑う。気がつけば狭い路地の両端には憲兵たちが立ちはだかり、出口を塞いでいた。
「その箱の中身はなにかな?」
 そう聞かれて男がもごもごと口ごもる。カレンは微かに唇を歪めて答えた。
「うちの店のオリジナルの茶葉なんです。彼のレストランで使ってくれると言うので、今日は取りに来てもらったの」
「ほう。それはこの間ハボックが分けて貰ったのと同じものかな?それとも」
 と、ロイは一度言葉を切ってから続ける。
「もっと純度の高いもの、かな?」
 にっこりと笑ってロイが言えば、男が突然大声を上げて闇雲に駆け出そうとした。出口を塞ぐ憲兵たちの中に腕を振り回しながら突進すれば、瞬く間に取り押さえられる。ギャアギャアと喚きながら引きずられていく男を青褪めた顔で見送るカレンにロイが言った。
「男は甘ちゃんだからあしらうのなんて簡単かい?残念ながらそんな男ばかりじゃないんだよ、お嬢さん」
 そう言われてカレンがロイに視線を移す。ギラギラと目ばかり光らせるカレンを見つめてロイが言った。
「ハボックを舐めてかかっていたろう?最初に気づいたのはハボックの方だよ」
 ロイが肩越しにハボックを示せばハボックが肩を竦める。ロイより頭半分大きい男をカレンは忌々しげに睨みつけた。
「体力馬鹿の脳足りんの軍人だと思ったのに」
「私の部下を馬鹿にしないでくれたまえ」
 ハボックを罵る言葉にロイが不愉快そうに顔を顰めて言う。ロイが合図すれば憲兵がカレンを両側から挟むようにして連れていった。それを見送ったロイは、道に取り残された車の後部座席に積み込まれた段ボールの蓋を止めるgテープを引っ剥がす。詰め込まれた茶葉の袋を開けて中身を調べるとハボックに向かって投げた。
「お前の言うとおりだったな」
「先に気づいたのはアンタっしょ。アンタがオレに確かめさせたんじゃないっスか」
 眉を顰めて言うハボックにロイがニヤリと笑う。憲兵に荷を運び出すよう指示するとやれやれと伸びをするロイにハボックはこっそりため息をついた。


「いつから気づいてたんスか?カレンが怪しいって」
 翌日。ロイの前にコーヒーのカップを置きながらハボックが尋ねる。自分好みに適度に冷まされたコーヒーを啜りながらロイが答えた。
「そうだな、会ってすぐくらいか?」
「会ってすぐ?なんで?」
 まさかそんなに早いタイミングとは思わず、ハボックは驚いて目を丸くする。まん丸に見開く空色を見上げて、ロイは答えた。
「職業柄近づいてくる女性を見定める能力には長けているんでね。彼女の目には私に対する好意は全く宿ってなかったよ。だから利用するのが目的なんだろうと思ったんだ。何のために利用したいのかは判らなかったがね」
 そう言えばハボックが「うー」と唸る。全然気づかなかったと悔しそうに呟くハボックに今度はロイが尋ねた。
「で?お前はどうしてあの茶葉に違法な葉っぱが混ぜられていると気づいたんだ?」
「え?あー、それはっスね。昔ちょっとやったことが」
「おい」
 白状すれば途端に眉を顰めるロイにハボックが唇を尖らせる。
「いいじゃないっスか、若い時にはするもんっしょ?」
「馬鹿。常習化したらどうするんだ」
「アンタに関係ねぇじゃん」
 ムッとして言うハボックをロイは見上げて言った。
「優秀な部下を手に入れ損ねるところだったじゃないか」
「優秀?そんな思ってもないこと────」
「お前は優秀だよ、ハボック」
 言いかけた言葉を遮ってそう断言するロイをハボックは目を見開いて見つめる。見開く空色にロイはニヤリと笑って言った。
「今までのお前の上官がお前を持て余していたのは、お前の能力を使い切れてなかったからだ。だが、私ならお前の気に入るように使ってやれる」
 そんなことを言うロイをハボックはじっと見つめていたが、やがてニヤリと笑った。
「随分自信満々っスね。本当にそう思うんスか?」
「勿論だとも」
 ハボックに聞かれてロイはニヤリと笑って返す。その顔を見ればなんだかワクワクとしてきてハボックは言った。
「じゃあオレの気に入るように使って貰おうじゃないっスか」
 少なくとも今までついたヘボ上官どもより、ずっと楽しくなりそうだとこの数週間を思い返してハボックは考える。
「その代わりオレも好きにやらせて貰うっスから」
「上等だ」
 好きにしていると思わせておいて気がつかぬまま己の好きに使えばいいと、ロイは考えながら返した。
(そうこうするうちに懐かせれば可愛いしな)
 互いが好き勝手な事を考えているなど思いもせずに、二人は満足そうに笑ったのだった。


2012/07/31


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「初回衝撃」これにて終了です。何となく懐き始めたところで終わりって感じですね。そのうちちゃんと懐いて「大佐大好き」なハボックを書きたいなと思います。
ところでこの話、「オリキャラなしで」と言うご要望があったんですよね。でも出てるじゃんと言われそうですが、いや、どうしても犯人役が欲しかったもので……。「女」で通すにはちょっと無理があったので名前をつけてオリキャラ出してしまいました(汗)なるべく絡みは少なくしたつもりなのですが、ご要望くださった方、申し訳ありません(苦)ともあれ、少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。