| 初回衝撃(first impact) 第二十二章 |
| 真夜中の倉庫街。奥まった一角でランプの灯りが揺れる。どう見ても真っ当な仕事をしているとは思えない男が、向き合った同じような顔つきの男たちの前に鞄を置くとその蓋を開いて見せた。 「確かに」 その中にびっしりと詰め込まれた紙幣に頷いた男が、背後の男に合図をする。そうすればケースを載せた台車が奥から運び出されてきて、鞄を置いた男の前で止まった。目の前のケースの中から小さな包みを取り出した男は、中の白い粉末を指先につけてペロリと舐める。背後に立つ仲間に頷いてみせると、向き合う男たちにニヤリと笑いかけた。 「商談成立だ」 そう言って手を握りあえば背後に控えていた男たちがケースを外へ持ち出そうと前に出てくる。男の手がケースにかかったその瞬間。 カッといくつもの投光器の強烈な光が倉庫街を照らす。ギョッとする男たちの耳にドカドカと走り込んでくる大勢の靴音が響いたと思うと、辺りが青い軍服で埋め尽くされた。 「そこまでだ。抵抗すれば容赦なく撃つ」 居並ぶ軍人たちの前に一歩踏み出した金髪の男が言い放つ。その言葉がなくても多勢に無勢。悔しがる表情を浮かべながらも薬の取引を行っていた男たちに抵抗の意志はなく、捕り物はあっけなく終わった。 「大佐、コーヒーっス」 「ハボック」 ノックもそこそこに頼んでもいないコーヒーを載せたトレイを手に執務室に入ってきた部下を、ロイは書類を書いていた手を止めて見上げる。ズカズカと歩み寄ると机の上にガチャンとトレイを置くハボックの、眉間に皺を寄せた顔をロイは面白そうに見つめた。 「どうした?ご機嫌斜めだな。チョコでも食うか?」 ロイはそう言って抽斗を開ける。中から綺麗な箱を取り出し、蓋を開けてハボックに差し出した。 「子供じゃねぇんスけど」 「旨いぞ。ちょっと洋酒がきいていてな、大人の味だ」 そう言われて、ハボックはちょっと迷ってから手を伸ばす。箱の中から花を模したチョコを一つ摘み、目の前に翳してじっと見つめてからポイと口に放り込んだ。 「どうだ?」 「…………旨いっス」 「だろう?」 もぐもぐと口を動かしながら答えるハボックに、ロイが自慢げに笑う。このチョコを作っているのは創業百五十年の老舗の菓子店で、その中でも選ばれた菓子職人にだけ口伝で伝えられるレシピに基づいたチョコは、その原材料に厳選に厳選を重ねて作られたもので、と蘊蓄を滔々と述べていたロイは、目の前の部下が全く乗ってこないのに気づいて口を噤んだ。 「どうした?」 最初にした質問をロイは繰り返してコーヒーを啜る。そうすればハボックが不満げなため息をついた。 「呆気なかったなぁと思って」 そう言えばロイが無言のままハボックを見る。ハボックは言葉より雄弁に問いかける視線に、迷いながらも答えた。 「この間の捕り物っスよ。呆気ないつうか、なんかその……」 そこまで言ってハボックは、じっと見つめてくる黒曜石に眉間の皺を深める。ギュッと唇を噛んで、それからハボックは机の上のトレイを手に取った。 「やっぱいいっス」 これまで上官に何か意見してまともに取り合って貰ったことなどなかった事が、ハボックの脳裏に蘇る。言ったところでどうせまた煙たがられるだけだと執務室から出ていこうとしたハボックの背に、ロイの声がかかった。 「良いはずがないだろう?気になることがあるなら言え」 そう言われてハボックが肩越しに振り向く。そうすれば面白がるような光をたたえて見つめてくる黒曜石と目があって、ハボックはドアノブに伸ばした手をおろした。ロイはそれだけ言って後はなにも言わずに椅子に背を預けたままのんびりとコーヒーを啜っている。その様子を肩越しにじっと見つめたハボックは、振り向いてもう一度ロイの机まで歩いてきた。 「変っス」 「なにが?」 言えば即座に返されてハボックは口ごもる。困ったように視線をさまよわせれば見つめてくる視線を感じて、ハボックはロイに視線を戻した。 「だって、情報源が全部子供だなんて。妙な連中が屯ってるっていう子供の話から始まって、その後あの辺色々調べた時も何かにつけちゃ子供が出てきて“こんなの見た”“あんなの見た”って言いにきた」 店の周りに怪しい男がいると訴えるカレンの言葉を放っておけないと言うロイに命じられたのを不本意に思いつつも、仕方なしに調査を続けたハボックの耳に入った情報はその殆どがあの辺りに住んでいる貧しい家の子供たちだった。確かに最初ハボックが売人の男を見かけた事がなかったかと尋ねた時、見たと答えた子供は“また何かあれば知らせる”と言っていた。子供であれば売人といえど油断するかもしれないし、ハボックは知らせてくれた子供には菓子やら小銭やらをやっていたから小遣い稼ぎにと必死になって嗅ぎ回った子供もいたかもしれない。だが。 「不自然っスよ。結局最後の最後まで“子供”だったし」 ハボックはそこまで言ってロイを見る。だが、幾ら待ってもなにも言わずにコーヒーを啜るロイに、ハボックはムゥと唇を突き出して言った。 「もう、いいっス」 ハボックはそう言うとトレイを手に今度こそ執務室を出る。手にしたトレイを自席に投げるとドカドカと司令室の大部屋を横切り廊下に出た。そのままの勢いで階段を駆け上がり屋上に出る。手摺りに凭れかかりハアとため息をついた。 「馬鹿みてぇ」 『良いはずがないだろう?気になることがあるなら言え』 そんな風に言われて思わず期待してしまった。今までついた上官とはどこか違うロイに、もしかしたら何か変わるかもと気づかぬうちに期待してしまっていたらしい自分にハボックは舌打ちする。 「今度一発ぶん殴ってやる」 そうしてロイのところからも追い出されればきっとスッキリするに違いない。ハボックがそう思って手摺りをギュッと握り締めた時、背後から声が聞こえた。 「悪いが殴られてやる義理はないな」 「ッ?!」 すぐ側で聞こえた声に慌てて振り向けば、間近に立っているロイにハボックはギョッとして息を飲む。その驚く様にロイはニヤリと笑って言った。 「まだまだだな。護衛のお前がいつまでもそんなでは先が思いやられる」 「アンタねぇッ!」 気配を消して近づいてきたのだろうが、それにしても声がするまで気づかなかった自分に感じた苛立ちを、ハボックはそのままロイにぶつける。苛烈な光をたたえて睨んでくる空色を見つめ返してロイは言った。 「お前、以前カレンの店で出されたお茶を飲んだとき、何か気にしていた事があったろう」 「えっ?」 「あの時は思い出せんと言っていたが、よく考えてみるといい。何か判るかもしれんぞ?」 ロイはそれだけ言うとハボックの答えを待たずに背を向けて屋上から出ていってしまう。 「カレンの店で飲んだお茶……?」 ロイが残した言葉を繰り返したハボックは、その持つ意味をを計りかねてロイの後を追うことも出来ずその場に立ち尽くしていた。 |
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