初回衝撃(first impact)  第二十章


「よお」
 近づいて行きながらハボックはそう声をかける。あからさまに警戒する子供たちから少し離れたところにしゃがみ込んで、ハボックは言った。
「いい天気だな」
 そう話しかけても子供たちはハボックを胡散臭そうに見つめるばかりだ。ハボックはよっこらせと地面に尻をつけて胡座をかくと、ポケットから飴玉が入ったケースを取り出した。蓋を開けて煙草を咥えた口に一つ放り込む。後ろについた片手に体重を預け、もう一方の手の指で煙草を挟んでフウと煙を吐き出せば、ハボックを見つめていた子供の一人が言った。
「煙草吸いながら飴食べて美味しいの?」
「試してみる?」
 ニッと笑ってハボックが言えば少年が近づいてくる。ハボックは煙草を吸いながら飴のケースを少年に差し出した。
「……」
 少年はハボックの事を上目遣いにじっと見つめる。ハボックが促すようにケースを振れば、少年はハボックの手からケースを受け取った。
「吸う?」
「いらない。飴だけの方が美味しそうだもん」
「そうだな、オレもそう思うよ。まあ、オレに言わせりゃ煙草の方が旨いけどな」
 そう言ってハボックが煙草の煙を吐き出せば少年が目を見開く。本当に旨そうに煙草を吸うハボックを見て、少年はクスクスと笑った。
「変なおじちゃん」
「そこはせめてお兄ちゃんって言って欲しいんだけど」
 ガックリと肩を落とすハボックに少年が声を大きくして笑う。そうすれば警戒して見ていた他の子供たちもハボックに近寄ってきた。
「どうぞ。まだ他にも────」
 ハボックは言いながらあちこちのポケットを叩く。ガムやら飴やらを取り出して差し出せば、子供たちが我先にと手を伸ばした。
「お兄ちゃん、軍人なの?」
 アメストリスでは見慣れた青い軍服を見て子供の一人が言う。他の子供たちがコソコソと軍人っぽくないねと囁きあうのを聞いて、ハボックは苦笑した。
「落ち零れなもんでね」
「だからこんなとこでサボってるんだ」
「お菓子いっぱいポケットに入れてるなんてフマジメだよ」
 ハボックが一言言えば子供たちから容赦ない言葉が返ってくる。内心ちょっぴり傷つきながらハボックは子供たちの顔を見回して言った。
「あのさぁ、こういう怖いお兄ちゃんってこの辺で見かけたこと、あるかな?」
 ハボックはそう言って薬の売人として検挙されたことがある男たちの特徴をあげる。そうすれば子供の一人が言った。
「おれ、多分知ってる」
「本当か?どこで見た?」
 ハボックが尋ねれば少年が他の子供をチラリと見てからハボックを見た。
「こっから十五分くらい北に行ったところに倉庫がいっぱい並んでるところがあるんだ。そこにいるの、何度か見た」
「北の倉庫街か」
 ハボックは呟いてこの辺りの地図と照らしあわせる。大体の位置を頭の中で確認すると、教えてくれた少年の頭をワシワシと撫でた。
「サンキュ、助かるよ」
 ハボックはそう言って立ち上がると、ポケットから大きな板チョコを取り出して少年に渡す。他の子供たちが羨ましそうに近寄って騒ぐ中で、少年は嬉しそうにチョコを抱き締めてハボックを見た。
「またなにかあったら教えてあげるよ!」
「おう、頼むぜ」
 ニッと笑ってハボックが歩き出すと背後から子供たちの声が聞こえる。
「バイバイ!」
「落ち零れのお兄ちゃん、またね!」
「……どういう呼び名だよ」
 聞こえる声にガックリと肩を落として、ハボックはひらひらと手を振ってその場を後にした。


「あー、疲れた……」
 ハボックはそう呟きながら司令室の扉をガチャリと開ける。視線を上げればホークアイとバッチリ目が合って、ハボックは慌てて目を逸らした。そのまま急ぎ足で自席に向かうと乱暴に椅子を引いて腰を下ろす。わざとらしくガサガサと机の上の書類をかき混ぜ、適当に一枚取り出すとガリガリと必要のないことを書き込んだ。その間にも見つめてくる鳶色の視線を感じて、ハボックは書類から顔を上げられなかった。
(ちゃんとうまい言い訳しておいてくれたんだろうなっ)
 ハボックは冷や汗を掻きながら執務室の扉の向こうにいるであろう人物に問いかける。言い訳という時点で既に自分がしていることが誤りだと言っているようなものだと言う事に気づかずハボックが思っていると、ホークアイの声が聞こえた。
「ハボック少尉」
「はっ、はいッ」
 ガバッと身を起こしてハボックは答える。見つめてくる鳶色を見返して固まっているとホークアイがにっこりと笑みを浮かべた。
「射撃訓練は順調だったの?」
「えっ?……あっ、はいっ、もうバッチリっス!」
 一瞬キョトンとして、それから慌てて頷くハボックをホークアイがじっと見つめる。見つめてくる鳶色から笑みが消えたと思うと、口元にだけ笑みを張り付けたホークアイが言った。
「そう。貴方の本職は大佐の護衛だから、しっかり精進して頂戴」
「アイ・マァム……」
 書類を手に司令室を出ていくホークアイの背中に向かって呟くように答えながら、東方司令部最強は間違いなく彼女だとハボックは思ったのだった。


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