初回衝撃(first impact)  第十九章


「は?」
 爽やかな笑みを満面に浮かべる男をハボックはじっと見つめる。今耳を掠めた言葉は聞き間違いだったろうかと、ハボックはロイを見つめたまま尋ねた。
「今なんて言いました?」
「ハボック少尉、ハッターズ・ガーデン一帯における不審人物を洗い出し、地域に平穏と平和を取り戻すことを命じる」
 サラリとそんな事を言うロイをハボックはまじまじと見つめる。次の瞬間、ハボックはバンッと机に置いた書類を叩いて怒鳴った。
「なんでオレがそんな事しなきゃなんないんスかッ!アンタが女にいいカッコしようって勝手に拾ってきた話っしょッ!」
「ハボック、そんな言い方をするもんじゃない。まるで私が無類の女好きのようじゃないか」
「その通りじゃないっスか」
 きっぱりと言い切られてロイが眉を下げる。睨んでくる空色を見上げてロイは言った。
「私が続けてやりたいのは山々だが、中尉の不興を買えば困るのはお前もだろう?このまま私がサボリを繰り返したらお守りとしての責任を問われるのは、ハボック、お前だぞ」
「サボリって……なに堂々と認めてるんスか。それにこれ以上はサボらせませんから」
「フン、お前の監視など私にはどうってことないな」
 自信満々にそう言い切るロイにハボックは眉を寄せる。そのあまりに自信ありげな様子に、ハボックが何となくそれ以上言い返せず黙り込めば、すかさずロイが言った。
「そんなわけだから頼んだぞ、ハボック。ああ、中尉の方には私が上手いこと言っておいてやるから」
「……オレが睨まれるようなことになったら承知しないっスからね」
 気が付けばロイに押し切られる形で、ハボックはそう言ってしまっていたのだった。


「まったく……なんだってオレが」
 ブツブツと文句を言いながらハボックは道を歩いていく。上着のボタンを全部外して着崩した軍服のポケットに手を突っ込んで、背中を丸めて咥え煙草で歩くハボックは非常にガラが悪く、とても治安を護る軍人さんには見えなかった。
「こんちは」
 そんなハボックがドアベルをカランと鳴らして店に入れば、中にいた女性客がギョッとした表情を浮かべる。そそくさと店を出ていくのをハボックが見送っていると、店の奥からカレンが出てきた。
「あら?今日はハボックさんお一人ですか?」
 ロイはいないのかとハボックの後ろを伺うように見るカレンにハボックは肩を竦める。
「大佐なら当分来られないっスよ。怖い副官の怒りを買っちゃったんで」
「まあ、そうなんですか」
 あからさまにがっかりとした様子のカレンにハボックが眉を寄せる。
「すんませんね、オレで」
 と吐き捨てるように言えば、カレンが慌てて首を振った。
「大佐は来られないっスけど、一応オレが様子見に寄りますから。なんか心配事とか気づいた事あれば言って下さい」
 ハボックはそれだけ言うと「じゃあ」と店を後にする。ロイのように女性との時間を楽しむつもりもないのだから長居は無用と、ハボックはさっさと店を離れた。
「見知った顔がいたとか言ってたな。ちょっと調べてみるか」
 正直こんな仕事とも言えない仕事、とっとと片を付けてしまうに限る。そう考えたハボックは細い路地へと入っていった。
 細い路地には間口の狭い古びた建物が密集して建っている。時折聞こえる小さな子供の泣き声や皿の割れる音、怒鳴りあう声が、どことなくこのあたりの貧しさを感じさせるとハボックは思った。
「臭いがする……」
 その時、決していいとは言えない臭いが鼻孔を擽って、ハボックは眉を顰める。なんとはなしに曲がった角の先で、子供たちが数人、屯しているのを見つけてハボックはゆっくりと近づいていった。


「大佐、ハボック少尉はどこでしょう」
 決済済みの書類を纏めて手にしたホークアイが言う。ロイは書いていた書類からゆっくりと顔を上げて、机を挟んで立っているホークアイに視線を向けた。
「さあ?射撃場にでも行ってるんじゃないのか?」
 ニコニコと過剰なほどの笑みを浮かべる上官をホークアイは胡散臭げに見つめる。一つため息をつくとジロリとロイを見た。
「彼の仕事は貴方の護衛です。くれぐれもその事を忘れないで下さい」
「勿論だとも!」
 そう言って笑みを浮かべるロイをホークアイがじっと見つめる。普通の女性ならクラッときてしまいそうな笑みに、ホークアイはため息をつくと書類を手に出て行ってしまった。
「一応努力はしたからな、ハボック」
 いやな汗が背中を流れるのを感じながら、ロイは笑みを張り付けた顔を引き攣らせたのだった。


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