初回衝撃(first impact)  第十八章


「そう言えばお前、カレンの店でお茶を貰った時、妙な顔をしてなかったか?」
 さっさと話すことだけ話したら帰るつもりが、クッキーやらなにやらを出してくるロイにハボックが立ち上がるタイミングを計りかねていると、ロイがハボックに尋ねる。出されたクッキーに手を伸ばして頬張りながらハボックは答えた。
「妙な顔?……ああ、あれか」
 聞かれて一瞬考えたものの、ハボックは思い当たる記憶に「ああ」と頷く。コーヒーを一口飲んで口の中のクッキーを流し込んで言った。
「どっかで飲んだ味に似てるなって思ったんスよ」
「どこで?」
「んー、それがあの時も考えたんスけど、思い出せなくて」
 ハボックはそう言って首を傾げる。少し考えてそれでもやはり思い出せないと判ると肩を竦めた。
「思い出せないっス。でもそれが何か?」
 茶を飲んだ時に掠めた記憶など大して重要とも思えない。ハボックがそう言えば、ロイが腕を組んで答えた。
「そうとも限らないさ。むしろ忘れている重要な情報を脳が教えてくれようとしているとも言える」
「そうっスかね」
 ロイの説にあまり賛同した様子もなくハボックは答えるとカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。カップを皿に戻してハボックは立ち上がった。
「もう帰っていいっスか?これ以上話す事もないっしょ?」
「泊まっていったらどうだ?部屋なら幾らでもあるぞ」
「謹んでお断りします」
 ソファーにのんびりと腰掛けて言うロイにハボックは即答する。
「折角の機会なんだ、一晩じっくり話してみたいと思わないか?」
「思いません」
「つれないな」
 そんな風に言うロイをハボックは胡散臭そうに見たが、結局そのまま帰ってしまった。
「つまらん。コーヒーじゃなくて酒にすればよかったかな」
 ロイは残念そうに言うと冷めたコーヒーを啜ったのだった。


「まったく、なに考えてんだ、あの人」
 アパートに帰ってシャワーを浴びると、ハボックはタオルで髪をガシガシと拭きながら呟く。冷蔵庫から取り出した缶ビールを手にドサリとソファーに腰を下ろした。
「変わってる、よな」
 正直ロイは今までハボックがついたどんな上司とも似ていなかった。そもそもハボックを部下にした上官たちはいつだってハボックを持て余し、こんな風に上司と言葉を交わしたことなど一度もなかったのだ。ハボックもまた彼らを上司として仰ぐ気にはなれず、いつだってろくに口も開かぬまま有り余るエネルギーを発散する場もなかった。
「考えてみりゃここんとこ退屈してねぇな」
 ロイに振り回されている感がないこともないが、それでもこれまでのように一日が酷く長いと感じることもない。そうしてなによりも時折自分の意志など考える間もなくにロイに従ってしまうのが不思議でならなかった。
「変なの」
 そう呟いてハボックはビールを一気に飲んでしまうと、それ以上考えるのをやめてベッドに潜り込んだ。


「おはよーございまーす」
 ハボックは間延びした声で言いながら司令室に入る。自席に向かおうとして、顔を上げたホークアイと目が合ったハボックは本能的に目を逸らした。
「ハボック少尉」
「…………なんスか?」
 ああ、やっぱり目を合わせちゃいけなかったと内心思いながらハボックはホークアイに近づく。後ろ手に組んで「なんだ?」と言うように見下ろせば、ホークアイが言った。
「どうも最近、大佐の外出が増えているようだけど、どこに行っているのかしら」
「えっ?」
 ロイとしてはホークアイに気づかれぬよう、こっそり抜け出しているつもりなのだがどうやら全部ホークアイにバレていたらしい。無表情のまま見上げてくる鳶色の瞳に、ハボックがどう答えたものかと悩んでいるとホークアイが先に口を開いた。
「しっかりお守りをしてくれないと困るわ、ハボック少尉」
 そう言うホークアイの声は感情を一切感じさせないだけに恐ろしい。
「アイ・マァム!以後気をつけます」
 有無を言わさずその言に従ってしまうのは、ロイではなくホークアイかもしれないと思いながらハボックはピッと敬礼を返していたのだった。


「アンタのせいで中尉に怒られたっス。どうしてくれるんスか」
「は?なんだ一体、藪から棒に」
 書類を突き出しながら突然そんなことを言い出すハボックを、ロイはキョトンとして見上げる。いいからサインを寄越せと言うように書類をヒラヒラさせるハボックの手から書類を受け取ったロイは、サインをせずにペンを置いて言った。
「私のせいとはなんだ、私のせいとは」
 不服そうに言うロイのペンを拾い上げて書類の上にバンッと置いてハボックが答える。
「アンタが仕事サボってカレンのとこ行ってんの、全部中尉にバレてます」
「なんだと?」
 そう言われてロイは考えるように握った手を口元に当てる。それからハボックを見上げて言った。
「拙いじゃないか、それは。どうしてくれるんだ」
「だからそれはオレの台詞ですって」
 ハボックはそう言ってロイを睨む。互いに黙ったまじっと見つめあっていたが、先に口を開いたのはロイだった。
「中尉だけは怒らせたらいかんのだ」
「そんなの判ってますよ」
この相手だけは絶対に怒らせたら拙いと本能が知らせる人物がいるとしたらそれはホークアイだ。珍しく意見があって、この先の対処法をどうするか、先に口を開いたのはやはりロイだった。
「判った、ここはやはり中尉の怒りを静めるのが先だ。その為には」
と、ロイは大真面目にハボックを見る
「この件の調査はお前に一任するとしよう」
そう言ってロイはニッコリと笑った。


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