初回衝撃(first impact)  第十七章


「まったくもう、勝手なことばかり言いやがって」
 ハボックは裏の車庫に車を停めるとキーを抜いて車を降りる。バンッと扉を乱暴に閉めて屋根の上に手をついたハボックは、ふと浮かんだ考えをボソリと口にした。
「帰っちまおうかな」
 これまでも上官の命令といえど気に入らなければ無視してきたのだ。いつだってハボックは反抗分子で上官達に煙たがられてきたではないか。
「やっぱ帰っちまおう」
 話があるなら司令部ですればいいのだ。なにも勤務時間外に個人の家でする事はない。ロイの事はきちんと自宅に送り届けて護衛としての任も果たして、これ以上拘束される理由はないはずだった。
「よし」
 車は明日取りにくればいい。キーをポケットに突っ込んでハボックがそのまま帰ろうとした時。
「ハボック」
 突然声がかかってハボックはギョッとする。声のする方を見たハボックは、家から直接車庫に出る扉に寄りかかるようにして立っているロイに気づいた。
「…………いつからそこに?」
「やっぱ帰っちまおうとかなんとか言っているのが聞こえたな」
 ロイの言葉にチッとハボックは舌打ちする。こっそり聞いてるなんて、とか、ヤな奴、とかハボックがボソボソ言うのを聞こえぬふりでロイは言った。
「さっさと入れ。腹が減った」
 そう言って中に入っていくロイの後に、ハボックは仕方なくついて入る。ロイの姿が消えた扉に行けば、そこはダイニングルームだった。
「手伝ってくれ」
 ダイニングに入ったハボックにさらに奥から声がかかる。奥のキッチンを覗けば、ロイがところどころ皮を剥いたナスを薄切りにしているところだった。
「冷蔵庫にレタスがあるだろう?洗って千切ってくれ。サラダを作るのは面倒だからハネムーンサラダでいいだろう?」
「ハネムーンサラダ?」
 流しで手を洗いながらハボックが聞く。ロイは切ったナスをボウルに入れて塩水を絡めると、ソーセージを薄切りにしながら言った。
「レタス・オンリー。レット・アス・オンリー。“私たちだけにして”ってことでハネムーンサラダ」
「オヤジくせぇ」
 しょうもない語呂合わせにハボックがげんなりとしながらレタスを千切る。ロイはフンと鼻を鳴らしてフライパンにトマトジュースと水とオリーブ油に塩をちょっと加えて煮立たせると、半分に折ったスパゲティを放り込んでよく混ぜてから蓋をした。
「昔からそう言うんだ。気に入らないならトマトでも切って載せろ」
「めんどくさいからハネムーンでいいっス」
 ハボックはそう言うと、勝手に棚の中を漁って簡単にドレッシングを作りレタスを和える。適当に皿を引っ張りだして盛りつけ、テーブルに運んだ。その間にロイはニンニクをみじん切りにし赤トウガラシを小口切りにする。フライパンの蓋をあけてスパゲティを解し、水気を拭いたナスとソーセージ、それにトマトジュースと赤トウガラシとニンニクに塩を加えて汁気がなくなるまで煮込んだ。
「出来たぞ」
 完成したトマトジュースパスタを皿に盛りテーブルに運ぶ。ミネラルウォーターのボトルとグラスを出し、ハボックを促して席についた。
「料理するんスね」
 意外にも手際のよいロイにハボックが感心したように言う。そうすれば肩を竦めてロイが答えた。
「最低限な。お前だってするだろう?」
「そりゃあね。でも、アンタなら彼女に作らせるばっかりで自分じゃやらないのかと思ってたんで」
「なんだ、その思い込みは」
 レタスをわしゃわしゃと食べながらロイは眉を顰める。
「この家に女性を入れたことはないぞ」
 そう続く言葉にハボックは驚いたように目を見開いた。
「え?彼女、呼んだことないんスか?」
「呼ぶような彼女はいないんでね」
 澄ましてそう言うロイをハボックは食べる手を止めて見ていたが、それ以上はなにも言わずスパゲティを口に運ぶ。そのまま会話もなく食事を済ませると、食べ終えた食器をシンクに運んだ。
「コーヒーを淹れてくれ」
「えーっ、……まあ、いいか。スパゲティ旨かったし」
 一度は顔を顰めたものの、ハボックは思い直したように言ってロイが差し出した豆を受け取る。ミルで豆を挽くハボックにロイが言った。
「旨かったか?」
「え?ああ、旨かったっス。あんな簡単に出来るんスね。オレも今度作ってみよう」
 素直にそんな言葉が出てくるほどにロイのパスタは旨かった。特に深く考えずにハボックが素直な感想を口にすればロイが嬉しそうに笑った。
「それはよかった」
「────っ」
 にっこりと浮かべた笑みは最高の部類に入るもので、何故だかハボックはドキリとしてしまう。折角挽き終えた豆を零しそうになって、ブツブツ言いながらコーヒーを淹れるハボックにロイは笑みを浮かべて食器を手早く洗った。


 ハボックが淹れたコーヒーを手に二人はリビングに移る。ソファーに腰を下ろしてカップに口をつけ、ハボックは言った。
「それで?話ってなんスか?」
「どうだった?あの店」
「どうって……別にフツーの店に見えましたけど」
 明るい店内は女性らしい装飾がなされ、居心地がいい。立地的にはあまりいいとは言えないが、それなりに客も入っていそうだった。
「別に変な連中に目を付けられそうな店でもないし、彼女の気のせいじゃないんスか?実際あの時だって誰もいなかったし」
 カレンが怪しい男がいると言ってハボックが店の周りを見て回ったが、特に不審な者は見られなかった。
「アンタの気を引きたいだけじゃねぇの?」
 ハボックが肩を竦めてそう言えばロイがフムと唸る。ハボックはパッケージから取り出した煙草を指で弄びながら言った。
「それよりアンタの方はどうなんです?まさかホントに彼女に会うためだけにせっせと毎日通ってたわけじゃないんでしょ?」
 せっせと毎日というところを嫌みったらしく強調してハボックは尋ねたが、ロイはまるで気にした様子もなく答えた。
「カレンの店に行く途中で見知った顔を見かけたよ」
 そう言って以前麻薬の密売で懲役刑を食らったことがある男達の名前を挙げる。
「カレンの店は関係なくても、あの辺でよからぬ連中がなにやらやっているのは間違いなさそうだな」
 ロイは飲み干したカップをハボックに差し出しておかわりを要求しながら続けた。
「まあ、じっくりと燻り出してやるさ」
「とか言ってサボってばかりいるなら中尉に言いつけるっスからね」
「そんな事を言うならもっと協力しろ。お前が協力すれば私だって無駄に外出しなくてすむ」
「はあっ?なんスか、それ」
「いいから、早くコーヒーのおかわりをくれ」
 ハボックが目を吊り上げたがロイは素知らぬ顔でコーヒーのおかわりを要求する。ブツブツ言いながらもおかわりを注いで渡してくれるハボックにロイはにっこりと笑った。
「ありがとう、ハボック」
「……どういたしまして」
 ロイの笑顔にそれ以上文句を言うことが出来ずボソボソと返すハボックに、ロイは笑みを深めたのだった。


→ 第十八章
第十六章 ←