初回衝撃(first impact)  第十六章


「どうぞ」
 カレンはそう言って二人の前にカップを置く。にっこりと笑ってカレンを見上げながらロイが言った。
「すまないね、仕事中なのに」
「いいえ。マスタングさんこそお忙しいのに毎日のように来て下さってありがとうございます」
 にっこりと笑うカレンの言葉にハボックが眉を顰め、それからロイを睨む。そんな視線をものともせず、ロイはカップを手に取り口元に運んだ。
「いい香りだ」
 ロイはそう言いながら注がれた茶を口にする。口に含んだ茶をゆっくりと飲み干して、ロイは言った。
「砂糖もなにも入っていないのに仄かに甘いな」
「今日入ったばかりの品なんです。マスタングさんに飲んで欲しくて」
「とても美味しいよ、カレン」
 そう言われてカレンが嬉しそうに頬を染める。そんな二人のやりとりにハボックがゲンナリしていれば、ロイがハボックを見て言った。
「ほら、お前も頂くといい。旨いぞ」
「…………頂きます」
 ここでいらないと言うのも大人げない気がして、ハボックは短く言ってカップを手にする。ゴクゴクと小振りなカップの茶を一気に飲み干したハボックは、僅かに眉を寄せて空になったカップを見つめた。
「お口に合いませんでした?」
 なにも言わないハボックにカレンが心配そうに言う。その言葉にハボックはハッとしてカレンを見た。
「あ、いや……旨かったっス」
「よかった」
 ハボックの言葉にカレンが嬉しそうに両手を胸元に握り締めて笑う。そんなカレンにロイが話しかければ楽しげに話す二人の会話を聞くともなしに聞きながら、ハボックは考えた。
(なんか、どっかで飲んだ味に似てんなぁ。どこだったろ……)
 記憶の端に引っかかった味にハボックは内心首を傾げる。それでも何も浮かんでこないと判れば、ハボックは記憶の抽斗をひっかき回すのをやめてロイの横顔を見た。
(なんでさっき、言い返せなかったんだろう)
『座れ、ハボック』
 短い命令は声を荒げたものでもなければ、何かに脅された訳でもない。それなのに抗いがたいその言葉の響きに、ハボックは考える間もなくストンと椅子に腰を下ろしていた。それだけではない。軽く腕を捻られただけで身動きが取れなかったり、ハボックにしてみれば店に来てからの短い時間に起きたことは納得がいかない事ばかりだった。
(ムカつく)
 にこやかに話すロイの横顔を、ハボックが睨みつけているとロイが言った。
「それじゃあ、カレン。最近人相のよくない男達がこの辺りをうろつくようになったと?」
「ええ。気にし過ぎなのかもしれませんけど、なんだか妙に目つきの鋭い男の人が……。私、なんだか怖くて」
 そう言って俯くカレンの右手をロイがそっと取る。ハッとして顔を上げるカレンに、ロイはにっこりと笑ってカレンの手を両手で包み込んだ。
「大丈夫、心配いりませんよ。男の人相を教えて頂けますか?私の方でも注意しておきましょう」
 ロイの言葉にカレンが嬉しそうに笑う。そんな二人のやりとりにハボックがため息をついた時、カレンがロイの背後の窓越しに通りを見て言った。
「あっ、あの人!」
 その声に弾かれたようにロイとハボックが通りを見る。だが、ガラスの向こうに特に怪しい人物は見当たらず、二人はカレンに視線を戻した。
「今、男の人がいたでしょう?見ませんでしたか?」
「いや、私は。ハボック?」
「オレも判らなかったっス」
 カレンが声を上げたのに寸分遅れず見たはずなのに、ロイにもハボックにもカレンが言う男は判らなかった。それでも不安げなカレンの表情を見て、ロイが言った。
「ハボック、ちょっと外を見てこい」
「えー」
「ハボック」
 少しトーンの下がった声で繰り返し名を呼ばれ、ハボックは渋々立ち上がり店の外へ出る。店の周りをぐるりと回り、近くの路地を覗いて店に戻ると、ハボックはおかわりのカップに口をつけているロイに言った。
「特に怪しい奴は見当たらなかったっス」
「そうか」
 ハボックの報告にロイは眉を顰めて考える。飲み干したカップをテーブルに戻して、ロイはカレンに言った。
「なにか気がついた事がありましたらいつでも連絡をください。私がすぐに来られない時でもこのハボックを寄越しますから」
「はあっ?ちょっとアンタなに言って────イテッ!」
「ありがとうございます」
 思い切り顔を顰めて言いかけたハボックは、臑を思い切り蹴られて足を押さえて蹲る。その間にロイはスッと立ち上がりカレンに言った。
「美味しいお茶をありがとう、カレン。また来ます────行くぞ、ハボック」
 ハボックの臑を思い切り蹴飛ばした男は、何食わぬ顔でそう言って店を出ていく。ハボックは思い切り舌打ちすると、まだ痛む足を引きずりながらロイを追った。


「なにするんスか、アンタ」
 運転席に座りながらハボックは助手席に乗り込んでくるロイを睨む。頬に刺さるハボックの鋭い視線などものともせず、ロイは言った。
「腹が減ったな。どこかに寄っていくか?」
「なんでアンタと一緒に飯を食わなきゃならないんです?」
「ああ、外で食うのが嫌ならうちに来るといい。パスタくらいなら作ってやる」
「……アンタ、オレの言うこと聞いてます?」
 噛み合わない会話にハボックが唸るように言う。だが、恐ろしげな低音も気にした様子もなく「早く車を出せ」と言うロイに、ハボックは思い切り舌打ちしてアクセルを踏み込んだ。そのままなんの会話もなく車を走らせ、やがてロイの家へとたどり着く。ロイはシートベルトを外すと自分でドアを開けながら言った。
「車を裏へ置いてこい」
「あのね、オレは寄っていくなんて────」
「話がある」
 至極真面目に返されて、ハボックは言葉を飲み込んでロイを見る。ニッと笑って車の扉を閉めたロイがさっさと家の中に入っていくのを見て、ハボックはチッと舌打ちすると車を裏の駐車場へと乗り入れた。


→ 第十七章
第十五章 ←