初回衝撃(first impact)  第十五章


 カランとドアベルを鳴らして扉を開くと、ロイは店の中に入っていく。その後について中に入ったハボックは、きょろきょろと店の中を見回した。
「茶葉売ってるんスか?」
「そうだ。それとカップやティーポットなんかもな」
 どうやら茶を楽しむためのものを一式取り扱っているらしいと察して、ハボックは「ふぅん」と頷く。明るい店内には若い女性客が二人ほど、可愛らしいカップを手にあれでもないこれでもないと悩んでいた。
「女性というのはいつ見てもいいものだな。華やかで楽しくて。そう思わんか?ハボック」
「鼻の下伸びてるっスよ、大佐」
 求められた同意の代わりにハボックは冷ややかな指摘を返す。そうすればロイがムッとしてハボックを見た。
「可愛くないな、お前は」
 そう言うロイの手が気にするように鼻の下を隠すのを見てハボックはニヤニヤと笑う。そんなハボックをロイがジロリと睨んだ時、奥から声がかかった。
「マスタングさん、今日も来てくださったんですね」
「今日も?」
 かけられた言葉の中の一つを聞き咎めてハボックがロイを見遣る。だが、その視線を綺麗に無視してロイはカレンに笑いかけた。
「やあ、カレン」
「あら、今日はハボックさんもご一緒?」
「えっ?」
 こんにちはと笑いかけてくるのに答える代わりにハボックは笑顔を浮かべるカレンの顔をまじまじと見つめる。見つめてくるハボックに小首を傾げたカレンが口を開く前に客から声がかかって、カレンは「ごめんなさい」と断りを入れると客の方に近づいていった。
「ちょっと大佐」
 ハボックは客に応対するカレンをニコニコと笑みを浮かべて眺めるロイをつっついて店の隅に追いやる。商品の棚に手を突いて、上から見下ろすようにしてロイに言った。
「なんで彼女、オレの名前まで知ってるんスか?あの時名乗りましたっけ?」
 嫌々ついていったカレンのアパートで、ロイはちゃっかりと自分を売り込み彼女の名前まで聞き出していたが、ハボックには名乗った覚えがない。どういうことだと凄んでみせるハボックの棚に付いた腕を押し退けてロイはにこやかに言った。
「お前の話をしてるからな」
「はあ?なんでっ?」
 どうして自分が二人の話のネタにされなければならないのかとハボックが目を吊り上げる。ちょっと気の弱い者ならビビってしまいそうなそんな空気を纏うハボックに、ロイはまるで気にした様子もなく答えた。
「飼い犬の話は女性との会話にうってつけだろう?」
「アンタねぇ」
 その答えにハボックは思い切り舌打ちする。押し退けられた腕をもう一度棚についてハボックは凄んだ。
「いい加減にしろよ。一度勝ったくらいでいつまでも人のこと犬扱いすんじゃねぇ」
「ならもう一度やってみるか?」
 ロイはにっこりと笑ってハボックの腕を掴む。今度は押しやらずにグイと掴んだ腕を捻るロイの手から己の腕を取り戻そうとしたハボックは、その手を簡単に振り解けない事に気づいてムッと眉を寄せた。
「このっ」
「暴れるなよ、店の中だ」
 なんとか手を外させようともがくハボックにロイが言う。まるで力を入れているように見えない涼やかな顔にハボックはムカムカッとしてロイを睨んだ。
「…………ふざけんなッ」
 低い声で唸るように言うとハボックは頭を後ろに引く。引いた頭をブンッと振るようにしてハボックは己の額をロイのそれに打ちつけた。
「イテッ!」
 ゴンッと鈍い音がするほど額をぶつけられてロイの手が弛む。その隙を見逃さず手を取り戻したものの、自分自身受けた衝撃に額を押さえるハボックと同じように額を押さえながら、ロイは呆れたようにハボックを見た。
「お前なぁ、そう言うことするか?フツウ」
「あれくらいで手ぇ離すなんて、まだまだっスね」
 痛そうに額を押さえているくせにフフンと笑ってみせるハボックにロイはやれやれとため息をつく。そんなロイの様子を見てしてやったりという表情を浮かべたハボックだったが、次の瞬間グイと腕を背後に捻り上げられ痛みと驚きに目を見開いた。
「な……っ、なにすんだッ?!」
「お行儀の悪い犬はお仕置きされて当然だろう?」
「ふざけんなッ、離────、イテテッッ!!」
 振り解こうとする腕を逆に捻られてハボックが呻く。キッと肩越しに睨んでくる空色を平然と受け止めたロイが何か言おうとした時、背後からカレンの声がした。
「お待たせしまし────なにをなさってるんですか?」
 その声にロイはハボックの手をパッと離して振り向く。捻り上げていた手が離れて振り解こうと力を込めていたハボックが勢い余って前に倒れそうになるのを、グイと引き留めながらロイはカレンに笑いかけた。
「ちょっと体術の復習をね。もういいのかい?私たちのことなら放っておいてくれて構わないよ」
「今ちょっとお客さんが途切れてるので大丈夫。どうぞ、お茶をお出しします」
 ロイの言い訳をどうとったのか、カレンは二人がしていたことをそれ以上追求せずに店の奥にある椅子を勧める。お茶を淹れにカレンが奥へ行く間、小さいながらも気持ちのよい窓際に置かれた椅子に腰掛けたロイは突っ立ったままのハボックの腕を引いた。
「お前も座れ、ハボック」
 そう言っても座ろうとしないハボックをロイは怪訝そうに見上げる。そうすればハボックが唇を尖らせて言った。
「今のはノーカウントっスから」
「ん?」
「いきなりなんてズルイっしょ!」
 どうやら二度目に腕を捻られた時のことを言っているらしいと気づいて、ロイはニヤリ笑う。
「敵がいちいち“襲います”って言ってから襲ってくるか?お前の方こそまだまだだな」
「な……ッ」
 ロイの言うことは尤もだが納得がいかない。言い返そうと言葉を探していたハボックが見つめる先で、ハボックを笑いながら見上げていたロイがスッと目を細めた。
「座れ、ハボック」
「────」
 短い命令の言葉に何故だか逆らえず、ハボックはロイの隣の椅子にストンと腰を下ろす。その時、カレンが奥からお茶のカップをトレイに載せて戻ってきた。


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