初回衝撃(first impact)  第十四章


 エンジンを切った車の中、ウィンドウを下ろした窓に寄りかかるようにしてハボックは煙草の煙を外に吐き出す。日中はだいぶ暖かくなってきたが、やはり陽が陰ってくると冷えてくるなと窓を閉めようとした時、建物の玄関からロイが出てきた。
「お前、何故中に入ってこないんだ」
「だってオレは会議と直接関係ないし」
 ホークアイの厳命のもとロイを会議の開催場所に送り届けたハボックは、ロイだけを会議場に押し込んで自分はさっさと車に戻ってしまった。会議が終わるまでの数時間を車の中でのんびりと待っていたらしいハボックの口からロイは煙草を奪い取る。奪った煙草を踏みつけて不満げに睨みつける黒曜石にハボックは肩を竦めた。
「嫌っスよ、この間みたいに会議抜け出るダシにされちゃ堪んないっスもん」
「狗は飼い主の傍に控えているもんだ」
「駄犬なんで判りませーん」
 ハボックはそっぽを向いてそう言う。懐から新しい煙草を取り出して咥えるとロイを見た。
「乗らないんスか?」
「お前な」
 ロイの為に扉を開けようともしないハボックに、ロイはチッと舌打ちしながらも自分で扉を開けて車に乗り込む。てっきり後部座席に乗り込むとばかり思っていたロイが助手席に乗ってくるのを見て、ハボックは眉を寄せた。
「なんで前に乗ってくるんスか?」
「お前が開けないからだろう」
 嫌そうに言うハボックにロイは平然と答える。今度はハボックがチッと舌打ちして、二人はそれぞれにシートベルトを締めた。
「カレンのところだからな」
「……本当に行くんスか?」
「中尉にはちゃんと直帰すると言ってきたぞ」
 何か問題あるかと言われ、言い返せずにハボックはムゥと唇を尖らせる。それでもゆっくりと走り出した車が思っている場所へと向かっているのを確認して、ロイは笑みを浮かべた。
「まさか本当に調べてるなんて思ってなかったっスよ」
 無言のまま車を走らせていたハボックがそう言うのを聞いて、ロイはハボックを見る。真っ直ぐ正面を向いたままのその横顔を見つめて、ロイは答えた。
「何故?市民の安全を守りイーストシティの平和を守るのが我々の役目だろう?」
「嘘ばっかり」
 にっこりと極上の笑みを浮かべて言ったロイの言葉をハボックが一言のもとに切って捨てる。そんなハボックの反応に驚いたようにロイが見つめる先でハボックが言った。
「よくよく考えればなんだかんだ言ってアンタが忙しい人なのは確かだし、アンタでなきゃ回らないところもいっぱいある。そんな人がたまたま街で助けた女が“心配なの”って言ったくらいでわざわざ出向くとも思えねぇっス。まさか本当に茶ァ飲むためだけに行ってたわけじゃねぇっしょ?」
 昼間言ったことを口にしたハボックは一度言葉を切り、チラリとロイを見る。
「なんかあるスか?」
 ハボックの言葉を目を瞠って聞いていたロイはニヤリと笑みを浮かべた。
「思ったより馬鹿じゃないな」
 そう言えばハボックの目が物騒な光を帯びる。ロイはハボックの唇から煙草を取り上げ、それを吸いながら答えた。
「最近イーストシティで脱法ドラッグの流通量が急激に増えててな、どうやらあの辺りが出所(でどころ)らしい」
「そういや彼女、最近あの辺を島にしてる連中の間でなにかあったらしいって言ってましたっけ」
「覚えてたか」
 カレンのところに行くと言われてあの時のやりとりをぼんやりと思い出したハボックがそう言えばロイが頷く。
「わざわざ調べに入ればどうしても目立つが、助けた女性のところに通うならそうでもないだろう?」
「マスタング大佐の女好きはイーストシティでも有名っスからね」
「失敬な」
 ムッと眉を顰めてロイは言うと手にした煙草をスパスパと吸う。殆ど吸いきった状態でハボックの唇に押し込めば、ハボックが思い切り顔を顰めた。
「ちょ……ッ、みじかッ!」
 ハボックはハンドルを片手で操作しながらもう片方の手で慌てて煙草を取る。灰皿に押し込んでジロリとロイを睨んだものの平然とした横顔に、ハボックはブツブツと文句を言いながら新しい煙草を出して咥えた。
「ああ、ハボック。そこを右に曲がってくれ」
「え?」
 突然の指示に驚きながらもハボックはすぐさまウィンカーを右に入れて角を曲がる。
「アパートに行くんじゃないんスか?」
「カレンの店に行く」
「店?」
 尋ねてくるハボックにロイは頷いた。
「覚えてないか?出してくれたお茶、彼女の店で扱っていると言ってただろう?」
「流石にそこまで覚えてねぇんスけど」
 正直あの時だってロイに付き合って嫌々アパートに行ったのだ。流石に彼女のプライベートに関わる事柄まで覚えているはずもなかった。
「あのな、ハボック。女性にモテたいと思ったら彼女たちが言ったどんな些細なことも忘れてはダメだ。どこでそのネタが使えるとも限らんからな。些細なことであればあるほど覚えていてくれたと女性は喜ぶ」
「逆に気持ち悪がられないとも限らないっスけどね」
 やたら細かい事まで覚えていられたらかえって気味悪いと思われそうだと、ハボックが肩を竦める。そうすればロイがチッチと指を振った。
「そんなことはないぞ。日々忙しい私が覚えていると判ればだな」
「店!どこっスか?」
 ロイの言葉を遮ってハボックが言う。折角の高説を遮られてロイはムッと眉を寄せたが、すぐに気を取り直して窓の外を見た。
「あそこだ。ハッターズ・ガーデン」
「帽子屋の庭?変な名前の店っスね」
 ロイが指さす先を見てハボックが言う。店を少し行き過ぎたところでハボックが車を停めると、ロイはさっさと降りてしまった。
「ここで待ってても────と。」
 会議の時と同じように車で待っていようかと思えば、ロイがガラスをコンコンと叩く。仕方なしに車を降りると、歩きだしたロイが肩越しに振り向いて言った。
「行くぞ」
「……デートって事にしてんじゃねぇの?なんでオレまで」
 デートを隠れ蓑に調べていたのじゃないのかと思いながら、ハボックは仕方なしにロイについて店に向かった。


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