初回衝撃(first impact)  第十三章


 シャワーを浴びたハボックは一瞬迷ったものの司令室へと足を向ける。正直今戻りたくはなかったが戻らなければロイにまた何か言われそうだったし、ホークアイの目も気になってハボックは仕方なしに司令室に戻った。
 ガチャリと司令室の扉を開いたハボックは、部屋の中にホークアイの姿がないことを確かめる。
「お忙しいことで……」
 それなら慌てて帰ることもなかったと、ボソリと呟いて自席に腰を下ろした途端、執務室の扉が開いてロイが顔を出した。
「ハボック、コーヒー」
「は?なんでオレが」
 前に一度淹れてやったことがあるが、だからといって淹れてやる義務などない。ハボックがそう言おうとするより一瞬早く、ロイが言った。
「言っておくが飼い主には絶対服従だからな」
「ッッ!!」
 そう言うロイをハボックが凄い目つきで睨んだが、ロイはのほほんとした様子で笑うと引っ込んでしまう。ギリギリと歯を食いしばったハボックは、バンッと手のひらで机を思い切り叩いた。
「ふざけやがってッッ!!」
 とはいえここで言うことを聞かなければロイの事だ、きっとハボックが負けた事を声も高々に言って廻るだろう。それだけは絶対避けなければと、ハボックは仕方なしに給湯室に行きコーヒーを淹れる。戻ってきたハボックは執務室の前に立ち、ドカドカと扉を蹴飛ばした。
「おい、扉が壊れたらどうするんだ。手で開けろ、手で」
「壊れたらアンタが錬金術で直しゃいいっしょ。生憎手が塞がってるもんで」
 仕方なしに扉を開けてやりながらロイが文句を言えば、コーヒーの載ったトレイをわざとらしく両手でしっかりと掴んでハボックが言う。どうやらほんのちょっとでも意趣返しをしてやろうという魂胆らしいと察して、ロイはやれやれとため息をついた。
「まあ、お前のコーヒーはそれをさしおいても旨いからな」
 態度の悪さはさておきコーヒーは旨いと、トレイに手を伸ばして取り上げたカップに口を付けながらロイが言う。フンッと鼻を鳴らしてハボックが出ていこうとすれば、ロイはニヤリと笑ってハボックの金髪を撫でた。
「うん、上手に淹れたな、凄いぞ、ハボック」
「ッッ!!」
 そう言った途端、ハボックがバッと振り向きロイは手を引っ込める。今手を出したら噛みつかれそうだと思いながらロイは言った。
「別に慌てて出て行かなくてもいいだろう?」
「用事が済んだら長居は無用っしょ?」
「急ぎの仕事がある訳じゃないだろうが」
「オレにはなくてもアンタには山ほどあるんじゃないんスか?」
 そう言うハボックの視線が向かう先には机に積み上げられた書類の山がある。それを見遣ったロイはハボックに向き直ると言った。
「あの程度の書類、山ほどとは言わんよ。それにいざとなれば話しながらでも出来るしな」
「有能でいらっしゃることで」
「そりゃそうだ。私は飼い主だからな」
 わざとらしくそう言えば、ハボックの垂れた目が吊り上がる。今なら噛みつかれるどころか指を食い千切られそうだと思えば無意識にため息をついて、ロイはソファーに腰を下ろした。
「今日は午後から外で会議だろう?少し早いが終わったらそのまま帰ろうと思う」
「中尉にはそれ、ちゃんと言って下さいよ。なんで連れ帰ってこないんだって怒られたら堪りませんから」
「……お前、やけに中尉を気にするなぁ」
「実際ここのボスはアンタじゃなくて中尉っしょ」
 ズバリと真実を言い当てられてロイは眉を下げる。
「お前の飼い主は私だぞ」
 それでも一応念押ししてロイはボス云々という話は脇に押しやった。
「それでな、帰りにカレンのところへ行くから」
「は?カレン?デートの場所まで送れってんですか?」
 冗談じゃないと言うハボックにロイは眉を顰める。
「お前まさかカレンの事を忘れた訳じゃないだろうな?」
「知りませんよ、アンタのデートの相手なんて」
 どうして自分がロイのガールフレンドの事を知っているなどと思うのだろう。吐き捨てるように言うハボックに、ロイは呆れた顔をした。
「おいおい、まさか本当に忘れたわけじゃないだろう?」
「忘れたもなにもアンタのデートの相手なんて知らないって言ってるんスよ」
 うんざりと言えば、ロイが「えーっ」と眉を寄せる。一体なんなんだとハボックがロイを見れば、ロイがやれやれとため息をついた。
「お茶をご馳走になった相手を忘れるとは、失礼な奴だな」
「お茶?」
 お茶をご馳走になった相手などいただろうか。そもそも誰かにお茶をご馳走になることなどハボックには考えられず口を噤めばロイが言った。
「以前チンピラに絡まれていた女性を助けたことがあったろう?その時お茶をご馳走になっただろうが」
「チンピラ……?────あ!」
 そこまで言われてハボックは漸くそんなことがあったと思い出す。名前どころか顔すらよく思い出せないと思ったハボックは、ハッとしてロイを見た。
「アンタ、もしかして彼女のとこに通ってたんスか?」
「通ったというか、仕事の合間に様子を見に、な」
 そう言ってにっこり笑うロイを見てハボックは思い当たる。
「仕事サボってどこ行ってんのかと思えばそんなとこに行ってたんスか」
「サボったとは人聞きの悪い。市民の安全を苦慮すればこそだな」
「苦慮?どうせ茶ァ飲んでただけっしょ」
 ロイの言い分をバッサリと切って捨ててハボックが言えば、ロイはそれを否定せずニヤニヤと笑った。
「まあ、それはさておきカレンのところに行くから、お前も来い」
「はあ?なんでオレが?」
「狗は飼い主と一緒にいるものだろう?」
「〜〜〜ッッ!!」
 ニッと笑って言えばハボックがロイを睨みつける。プイと背を向け扉に向かうと、バンッと派手な音を立てて執務室を出ていった。
「いつになったら撫でても噛みつかれないで済むかなぁ」
 その背を見送って、ロイは小首を傾げて呟いたのだった。


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