| 初回衝撃(first impact) 第二章 |
| 「くそったれが、まったく、ふざけやがって……」 休憩所のソファーに上着を投げつけてハボックが唸る。そうすれば、たった今まで楽しそうに会話を交わしていた軍人たちがそそくさと立ち上がって休憩所を出ていってしまった。 「フン」 そんな周囲の様子にハボックはフンと鼻を鳴らしてドサリとソファーに腰を下ろす。苛立ちのままに咥えていた煙草をギリと噛み潰した。 「なにが大佐だ。どうせ親の七光りで貰った地位だろうが」 そう呟いてハボックは耳障りの声で喚いていた男の顔を思い浮かべる。もっと殴っておけばよかったと浮かんだ顔に数発食らわせたところで、ハボックの脳裏にもう一人、大佐の肩章をつけた男の顔が浮かび上がった。 「なんなんだ、アイツ……」 怒るでもなく、むしろ面白がるような光をその黒い瞳に浮かべていた。激昂したハボックに睨まれると誰もが落ち着かなげに逸らした視線をさまよわせるが、あの男は視線を逸らせるどころかハボックの人となりを探るようにじっと見つめてきたのだ。 「おもしろくねぇ……」 ハボックは低く呟いて噛み潰した煙草を灰皿に押しつける。新しく煙草を出そうとしてポケットを探ったハボックは、取り出した煙草のパッケージが空なのに気づいてギュッと握り潰した。 「くそおもしろくねぇ……」 眉を寄せてハボックは呟く。手にしたパッケージをゴミ箱に向かって投げつけるとハボックは乱暴な仕草で立ち上がった。 「余計なお世話だ、あのヤロウ」 もうずっと前から躯の中に渦巻く激情を持て余して過ごしてきた。発散する場があるかもと入った軍隊は、規律だ秩序だ階級だと喚く馬鹿どものせいで雁字搦めに縛られるばかりで何の解決にもならなかった。それでもなんとか誤魔化しごまかしやってきたが、時々どうにも持て余したエネルギーを制御出来なくなる。 「ついでにアイツも殴っときゃよかった」 物騒な事を呟いたハボックは、ゴミ箱から零れた煙草のパッケージを蹴飛ばして休憩所から出ていった。 「ジャン・ハボック。階級は少尉。現在はタイソン中佐の麾下にあります」 ホークアイは手元の資料をめくりながら言う。綺麗な眉を僅かに顰めて続けた。 「営倉入り八回、減俸十二回、それ以外にも兵士相手に喧嘩は日常茶飯時のようです」 そう言ってホークアイはファイルを閉じた。窓辺に立って外を眺めているロイの横顔を見つめて尋ねる。 「本当に彼を護衛官になさるおつもりですか?相当に問題がある人物のようですが」 「私の護衛官になるならそれくらいの方がいいと思わないか?私もどちらかというと問題児だからな」 「大佐」 じっと見つめてくるホークアイの視線を感じながらロイは楽しそうにクスクスと笑った。 「それにそういうのを手懐けるのもまた楽しいだろう?」 そう言うロイはもうすっかりハボックを護衛官にするつもりなのだと察してホークアイが言う。 「では、ハボック少尉を護衛官とするよう、手配しておきます」 「頼むよ」 晴れ渡った空を窓から見上げながら楽しそうに言うロイの声を聞いて、ホークアイは小さくため息をついた。 「ハボックです」 コンコンとノックの音と共に聞こえた声にタイソンは顔を顰める。自分の部下とはいえタイソンはこの男が大の苦手だった。 「何か用ですか?特に誰かといざこざ起こした覚えはないんスけど」 「そんなんじゃない」 どうやらまたお小言かとハボックが言うのにタイソンは眉を顰めて答える。じっと見つめてくる空色がどこか己を馬鹿にしている光をたたえているように思えて、タイソンは居心地悪そうに居住まいを正した。 「急なことだが貴官はマスタング大佐の護衛官として司令室への異動が決まった」 「マスタング大佐の護衛官?」 そう繰り返してハボックは首を捻る。マスタング大佐ならハボックでも面識はなくとも流石に名前だけは知っている。確か焔の二つ名を持つ錬金術師でこの東方司令部のナンバー2だったはずだ。そんな男の護衛官にどうして自分が選ばれるのだろう。 「どうしていきなりオレが護衛官なんスか?」 素直にそう尋ねたがタイソンからの返事はつれないものだった。 「そんなこと、私が判るわけなかろう。とにかく来週には司令室付きだ。そのつもりで身の回りを整理しておきたまえ」 そのどこか嬉しそうな声音に自分を厄介払い出来るという気持ちがあからさまに現れている事に気づいて、ハボックはムッと唇を歪める。 (フン、オレだってこんな奴の下から離れられて清々するってもんだ) ヒステリックで気の小さい上官がハボックは大嫌いだった。 (マスタング大佐がどんな奴か知らないけど、コイツよりはずっとマシだろうさ) ハボックはそう思いながらタイソンをじっと見る。その強い空色の光に射貫かれたように居心地悪そうにもぞもぞと座り直して、タイソンはハボックを追いやるように手を振った。 「話はそれだけだ」 さっさと出ていけと言わんばかりの様子にハボックは肩を竦めて部屋を出た。部屋を出た足でそのまま廊下に出ると屋上へ続く階段を上がる。屋上の扉を開ければ吹き付ける冷たい風に首を竦めて扉をくぐり抜けた。なにもない屋上を横切り柵に歩み寄ると寄りかかって空を見上げる。 「護衛官?オレなんかを護衛官だなんてどんだけ物好きなんだか」 護衛官に決めるにあたっては前歴を調べている筈だ。そうれならばどれだけ周りといざこざを起こしているか判っているであろうに、わざわざ護衛官に引き抜こうというのがよく判らなかった。 「ま、それで問題起きてもオレの知ったこっちゃねぇし、懲りたら余所に出されるだけの話だしな」 手に負えないと盥回しにされるのはいつものことだ。ハボックは己の瞳と同じ色の空を見上げてプカリと煙を吐き出した。 |
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