初回衝撃(first impact)  第一章


「大佐、そろそろいい加減決めてくださらないと困ります」
 半歩後ろを歩くホークアイの半ば苛立ちを含んだ声にロイは眉を(ひそ)める。だが、更に続いて聞こえた声にロイは眉を顰めただけでなく盛大に顔を(しか)めた。
「新しい護衛官を決めて下さるまで視察は中止ですから」
「中尉」
 廊下を歩く足を止めて、ロイはその顔のままホークアイを振り向く。あからさまに不機嫌だと言う顔にも、ホークアイは平然としてロイを見つめた。
「前任の護衛官が心身耗弱の為に解任されてから一ヶ月です。いったいいつになったら後任の護衛官をお決めになるおつもりですか?」
「護衛なら中尉がいるだろう?」
 そう言うロイにホークアイは冷たく言い放った。
「私は他にも仕事がありますから然う然う大佐のお守りばかりしていられません」
「お守り……」
 手厳しい副官の言葉にロイは情けなく眉を下げた。


 ロイは自他共に認める一癖も二癖もある人物だ。立場上護衛を護衛をつけなくてはいけないことはよく判っていたが、年中ロイと行動を共に出来るほど身体的、精神的に能力を兼ね備えた人物というのは、豊富な人材を誇るアメストリス軍の中でもなかなかいなかった。実際前の護衛官も能力的には素晴らしいものを持ってはいたが、ロイの強烈な個性についていけず戦線を離脱してしまったのだった。
「いっそ中央のアームストロング少佐でも引き抜くか。ヒューズに打診してみてくれ」
「大佐」
 絶対無理と百も承知で言うロイにホークアイがまとう空気が一気に十度ほど下がった時。


 ざわりと湧き上がった騒めきとヒステリックな男の喚き声にロイは僅かに目を瞠る。これ幸いと声がした方へ歩きだしたロイをホークアイがすぐさま追いかけ、二人は数メートル先の角を曲がった。
「きっ、貴様っ!こんなことして、営倉入りだっ!軍法会議だっ!!」
 尻餅をついて頬を押さえながらすぐ側に立つ長身の男に指を突きつけ喚いているのが顔見知りの左官だと気づいて、ロイは周りを取り巻く軍人を押し退けて近づいていった。
「どうしたんです、キース大佐。司令部の端まで聞こえましたよ」
 ロイは笑みを浮かべて言うとキースと呼びかけた男に手を差し出す。キースはロイの手を払いのけて自力で立ち上がると長身の男を睨んで言った。
「そいつが私を殴ったんだっ、たかが少尉の分際で大佐の私をッ!!」
 大声で少尉のくせにだの大佐を殴ってただで済むと思うなだの階級を誇示して連呼する男にロイの瞳に軽蔑するような光が浮かぶ。だが、顔には笑みを浮かべたままでロイはキースに言った。
「何があったか知りませんが相手は五つも階級が下の若造でしょう?上に立つ者は部下の無礼を鼻で笑い飛ばすくらいの度量がなければと思いますがね」
 そう言うロイをキースは忌々しげに睨む。だが、フンと鼻を鳴らすと乱れた軍服を整えながら言った。
「そっ、そんな若造のことに私が本気で腹を立てるわけがないだろう。だが、大目にみてやるのは一度きりだ、よく覚えておけ!」
 そう言うとキースは肩を怒らせて靴音も荒く去ってしまう。ロイは肩を竦めると物騒なオーラを撒き散らしながら立っていた長身の男を振り返った。
「なにがあったか知らんが上官相手に手を出すもんじゃない。くだらん事で軍法会議なんぞになったら堪らんだろう?」
「余計なことせんでくださいよ」
 だが、相手から返ってきた意外な言葉にロイは思わず目を瞠った。そうしてその瞳の強さに息を飲む。自分を睨みつける男の瞳は夏の大空のように綺麗な空色で、そうして怒りと意志の強さとでぎらぎらと輝いていた。吸い寄せられるようにその瞳から目が離せないロイに向かって男が言う。
「別に営倉だって軍法会議だって怖かねぇっスから」
 ぎらりと抜き身の剣のような光を放って己を睨む瞳に、ロイは生半可な人間なら腰を抜かすだろうと思いながら男を見返した。その強い光から目を逸らせないまま見つめ続けるロイに男は眉を顰める。そうして上官に対して不遜とも言える態度で背を向けるとそのまま歩み去ってしまった。
「大佐」
 男がいなくなって周囲を取り囲んでいた軍人たちの間に張りつめていた緊張が解ける。思い起こしたようにそれぞれの持ち場に戻っていく軍人たちの中でその場に立ち尽くしているロイに、ホークアイが声をかければロイは男が立ち去った廊下の先を見つめながら言った。
「今の男は誰だ?」
「存じません。調べればすぐに判ると思いますが」
「調べてくれ」
「大佐」
 そう言うロイにホークアイが眉を顰める。ロイはホークアイを振り返って言った。
「後任の護衛官のことだが、アイツにしよう」
「大佐」
「さっさと後任を決めろと言ったのは君だよ、中尉」
 楽しげに言うロイにホークアイが努めて冷静に答える。
「まだ彼がどこの誰とも判っていません。護衛に足る人物かも判りません」
「あの気の強さなら大丈夫だ。躯もがっちりとして腕もよさそうだ。指に君と同じようなタコがあったよ」
 軍内部でも一、二を争う銃の遣い手であるホークアイにロイはニヤリと笑ってみせた。
「決めた。後任の護衛官はアイツだ」
 まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせてそう言う上官に、ホークアイは大きなため息をついた。


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