| 初回衝撃(first impact) 第十一章 |
| 上着を脱ぎ捨てオーバースカートも外すと、ハボックは軽く腕や首をを回し屈伸運動をする。Tシャツ一枚になった上半身は布越しでも体が鍛えられているのがよく判って、ロイはその無駄なところが全くない見事な筋肉に感嘆したように目を細めた。 「流石によく鍛えているようだな」 「……オレのこと、馬鹿にしてるんスか?」 褒めたつもりで言った言葉に噛みつかれて、ロイは苦笑する。ハボックと同じように上着とオーバースカートを脱ぎ捨てればハボックが驚いたように目を見開いた。 「なんだ?」 その表情を見逃さずロイが準備運動をしながら尋ねる。そうすればハボックはちょっと躊躇ってから答えた。 「意外と鍛えてるんスね」 ロイの整った容姿と錬金術師であるということから、どうやら 「当たり前だろう?私は軍人なんだ、有事の際には先頭に立って戦わなければならない」 「司令官ってのは部下の後ろで震えてるもんかと思ってたっスけどね」 多少鍛えてはいるようだが結局のところそんなもんじゃないのかと、肩を竦めて言うハボックにロイはニヤニヤと笑う。 「簡単に投げ飛ばしてしまえる部下の後ろじゃ、安心して震えていられないからなぁ」 「ッ!!」 そんな風に言うのを聞いてハボックはムッとして準備運動の為に屈めていた体を起こした。頭半分と少し高いところから睨みつけてくる空色にロイが楽しそうな笑みを浮かべた時、背後からおずおずと声がかかった。 「あの……もしかしてお二人で訓練をなさるんでしょうか?」 訓練中のところを中断されたマコーレーがそう尋ねてくるのを聞いて、ロイはマコーレー達が困ったように立っていることに気づく。 「ああ、すまんが隅っこを使わせて貰っても構わんか?」 「隅だなんて!どうぞ好きなようにお使い下さいっ」 マコーレーはそう言って部下達を練兵場の片隅に集めた。 「お邪魔でしたら出ていきますが、もしよろしければ是非参考までに見学させて頂けませんでしょうか?」 焔の錬金術師の訓練の様子などなかなか見られる機会などない。是非、と言うマコーレーにロイは肩を竦めた。 「私は別に構わないが」 そう言いながらハボックをちらりと見る。そうすればハボックが眉を顰めて言った。 「オレだって全然構わねぇっスよ」 「ということだ」 「ありがとうございます!お前達、しっかり見ておけ!」 了承の言葉を得て、マコーレーが顔を輝かせて部下達に言う。部下達も期待した様子で互いの顔を見ると、ロイ達の邪魔にならないよう壁際に寄った。 「ルールは?錬金術もアリな訳?」 「まさか。そんなことをしたら勝負する前から結果が判ってしまうだろう?それでは私がつまらないじゃないか」 少しは楽しめないとなどと言うロイにハボックの顔が険しくなる。 「そんな事二度と言えないように、ボコってあげますよ」 ボキボキと指を鳴らしてハボックは、足を軽く開き重心を落とす。その顔から表情が消えるのを見て、ロイは軽く目を瞠った。 「時間無制限の一本勝負だ。どちらかが負けを認めるまで、それで構わないな?」 「イエッサー!」 ロイの言葉に答えると同時にハボックの足が床を蹴る。一跳びで間合いを詰めたハボックが横殴りに振った腕を、ロイはガードした腕とは反対の手で掴んだ。向かってくるハボックの勢いを利用して掴んだ腕を捻るようにして床に叩きつけようとする。だが、その一瞬早くハボックが脚を蹴り上げ、ロイはハボックの腕を離して後ろに跳び退ってその一撃をよけた。 「この間よりはやるじゃないか」 ロイがニヤリと笑って揶揄するように言ったが、ハボックは表情を変えない。なにも答えず両腕を胸の辺りで構えて、攻撃のチャンスを伺うハボックをじっと見ていたロイが今度は先に仕掛けた。 軽いステップで間合いを詰めハボックの胸元に飛び込む。それと同時に突き出した手刀をハボックの拳で跳ね退けられて、ロイは一瞬バランスを崩した。その隙を見逃さず、ハボックの拳がロイの腹を狙う。ロイは体を捻るようにしてそのダメージを最小限に抑えると、腹に食い込む腕を掴んだ。 「ッ!」 「ハッ!」 腕を掴まれるとは思っていなかったのか、僅かに見開く空色を見つめながらロイは掴んだ腕を肩に背負う。そのまま背負い投げの要領で自分より上背のあるハボックの体を床に投げようとした。だが、その瞬間、ハボックの手がロイのシャツを掴む。投げようとしたその体に引っ張られるようにバランスを崩して、ロイは仕方なしに掴んだ腕を離した。そのまま互いに弾けるように間合いを取る。 「ふぅん、意外と素早いんだな」 己の攻撃に対して間髪を入れず的確な対応を見せるハボックにロイは呟く。この間町のチンピラを伸したときにも思ったが、ハボックはその長身と筋肉量に反して身の熟しが素早い。重いパンチやキックにスピードが加われば、それは軍人としてはかなり優位であると思えた。 「さて、どうするかな……」 ハボックの能力が高い事は判ったが、とはいえおめおめ負けるわけにはいかない。というより最終的に自分に懐かせるのが目的なのだから、まずは自分を飼い主と認めさせるのが先決だった。 「そのためには勝たせてもらう」 ロイは低く呟くと辺りに素早く目を走らせる。マコーレー達との間に自分達が脱ぎ捨てた上着とオーバースカートがあるのを確認すると少しずつ横へ横へと移動していった。そうすれば回り込まれるのを嫌ったハボックが、己の正面をロイへ向けるようロイの移動にあわせて少しずつ体の向きを変える。ハボックの体が元の向きからほぼ九十度回転したところで、ロイは床を蹴ってハボックに飛びかかった。殴りつけるように腕を振り上げれば当然のごとくハボックがガードしようとする。だが、ロイはハボックではなくその斜め後ろに放り出されていた上着を突き出した手で掴んだ。そのまま低い位置から袖を掴んだ上着を横に薙ぐ。足下に絡んでくる上着を咄嗟に跳んでよけたハボックは、次の瞬間目の前に飛んできたオーバースカートに目を見開いた。 「うわッ?!」 アッと思った時には視界を遮られる。腕を振り払ってよけようとした青い布は、だが、それそのものの重さに加えてロイの体重と一緒になってハボックに圧し掛かってきた。 「ッ!!」 不意をつかれてハボックは飛びかかられた勢いのまま背後に倒れ込む。体を丸めて頭を打つことは免れたもののオーバースカートを頭からすっぽり被せられて、ハボックは見えないままに圧し掛かるロイを振り払おうとして暴れた。 「この……ッ!!」 だが、ロイは暴れるハボックの腕を掴むと背後に捻り上げるようにしてハボックの長身を俯せに反す。その段になって漸く顔がオーバースカートの陰から出て、ハボックは背後から圧し掛かるロイを肩越しに睨み上げた。 「ちょ……ッ、きたねぇッ!!こんなもん使うなんてッ!!」 「使えるものは何でも使うのが戦闘の基本だろう?」 喚くハボックにロイはシレッとして答える。ねじ上げた腕を更にグイと捻って、ロイは言った。 「ほら、降参と言え」 「誰がッ」 睨んでくる空色にロイは腕を更に捻上げる。微かに呻いたもののそれでも降参と言おうとしないハボックに、ロイはやれやれとため息をついた。 「大尉」 「イエッサー!」 不意にロイに呼ばれて二人の戦闘訓練に見入っていたマコーレーは慌てて背を伸ばす。ハボックを押さえつけたままマコーレーを見上げて、ロイは言った。 「これはどう見ても私の勝ちだと思うんだが、どうかな?」 「はい、確かにそう見えます」 「なんだとッ!!いい加減な事を言うなッ!!」 ロイの言葉を肯定するマコーレーにハボックが押さえつけられたままの体勢で怒鳴る。だが、ロイはそれに構わず見学していたマコーレーの部下達にも尋ねた。 「諸君らはどう思う?これは私の勝ちかな?」 そうすれば互いに顔を見合わせた部下達も頷くのを見てロイは笑みを浮かべる。 「多数決だな。公平な決め方だろう?私の勝ちだ、ハボック」 「この野郎……ッ」 怒りに震えるハボックを見下ろして、ロイは高らかに勝ちを宣言したのだった。 |
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