平行世界9
 
 
「はあ旨かったぁ」
そう言ってぽすんとベッドに体を投げ出すビリーにハボックがクスリと笑う。備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと一口飲みながら窓へと近づいていった。コツンとガラスに額を寄せたその横顔がなんだか淋しそうに見えて、ビリーは思わずハボックを呼ぶ。ハッとして振り向いたハボックはニコリと笑うと答えた。
「なに、ビリー?」
そうやって微笑むハボックの笑顔はビリーが知っているそれと比べて随分と柔らかい。その蜂蜜色の髪も空色の瞳も、持っているパーツは全部同じなのにどうしてこんなに違うのか、ビリーは不思議でならなかった。ビリーはベッドから立ち上がるとハボックへと近づいていく。窓枠に手をついてハボックの体を腕の中に閉じ込めるとじっとその顔を見つめた。
「ビリー?」
小首を傾げて不思議そうに問うハボックにビリーは顔を近づけると唇を合わせる。唇だけを何度も食むように口付けて顔を離せばハボックがクスリと笑った。
「ビリーが好きなのはロイだろ?」
そうだけど」
ビリーはハボックを腕の中に閉じ込めたまま言う。
「キスしたくなった」
そう言えばくすくすと笑うハボックにビリーは尋ねた。
「ねぇ、アンタもやっぱりあのオヤジと付き合ってんの?」
「大佐と?そうだよ」
何でもないようにそう答えるハボックにビリーは唇を突き出す。
「ロイさんがジャンを好きだってのも判んないけど、あのオヤジなんて一体どこがいいんだよ」
「全部」
間髪を入れずそう答えが返ってビリーは空色の瞳を見開いた。まっすぐに見つめればハボックがふわりと笑う。
「全部。全部好き。大好き」
ハボックの言葉にビリーは絶句したが、暫くして吐き捨てるように言った。
「悪趣味っ」
「そうかな」
「そうだよ」
「でも好きなんだ」
ハボックはそう言って「ふふ」と笑う。あんまり幸せそうなその顔がなぜだか悔しくて、ビリーはグッと腰を押し付けると言った。
「じゃあ、俺がこっちの世界で一人きりで淋しいから慰めてくれって言ったらどうすんの?一人ぼっちで寂しいから抱かせろって言ったら」
「オレはビリーの好きなロイじゃないよ?」
「それでもいいって言ったら?」
迫るように言えばハボックが僅かに目を見開く。それから視線を和らげると言った。
「それでビリーの気が済むならいいけど」
「いいの?だってあのオヤジが好きなんだろっ?」
「うん。だからビリーに抱かれたとしてもオレは大佐のもんだよ。オレは丸ごと全部大佐んだから。体も心も命も、全部大佐の」
そう言い切るハボックにビリーは目を瞠る。唇を噛み締めるとハボックの体をギュッと抱き締めた。
「っきしょうっ」
ギュウギュウと抱きしめてそう呟くビリーの背をハボックは優しく撫でる。ビリーはハボックの肩口に顔を埋めたまま唸った。
「ロイさんもそんな風に言ってくれたらなぁ
なんでジャンなんかと、と呟くビリーにハボックは苦笑する。ロイはハボックのものでも、いつかビリーにも同じように愛する人が現れるよと思ったが、流石にそれを今告げるわけにもいかなくて。
「大好きだよ、ビリー」
そう耳元に囁けば。
「チキショウ
ビリーが悔しそうに呟いたのだった。


2008/05/21


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