平行世界23
 
 
「中っ」
ジャンはそう言いかけて慌てて口元を押さえる。
(中佐、オレのこと、知らないよな。ヤバハボが泣いてるって誤解させちゃう)
後々の人間関係に支障が起きないよう、自分の事を知らない人間に会わないためにも外へは出なかったというのに、このタイミングでヒューズに会ってしまった事にジャンは狼狽えた。それでもとにかくその場を取り繕って早々に立ち去ってしまおうと引きつった笑みを浮かべる。
「人違いっスよ、人違い」
そう言って手を振るジャンにヒューズが怪訝そうな顔をした。
「はぁ?なに言ってるんだ、そういう冗談は笑えねぇぞ、少尉」
「いやだから、アンタの事なんて知らないし、オレは中佐の知ってるハボックじゃないしっ」
知らないって、中佐って知ってんじゃねぇか」
ヒューズはそう言うと目を細めてハボックを見る。
「なんかおかしいな、お前、ハボック少尉、だろ?」
ズイと顔を寄せて覗き込んでくる常盤色にジャンは必死に首を振った。いっそ自分はパラレルワールドから来たのだと説明した方がいいかとも思ったが、そんな突拍子もない話をいきなりされたところで信じて貰えるとも思えなくて、ジャンはもう一度首を振る。
「オレはハボック少尉じゃないっス」
「おい、ワンコ、いい加減に――
「違うって言ってるじゃないっスか!オレはハボックじゃないってば!」
そう大声で叫んだジャンは、それなら今ここにいる自分はなんなのだろうと思う。この世界には既にジャン・ハボックという人物が存在していて自分はその影にすらなれない。戻る事も出来なければここに存在することも認められない。自分で自分を否定する言葉を吐き出して、ジャンは苦しくて息ができなくなった。
「オレ、はっ」
帰りたい。でも帰れない。方法も判らないが、今このまま帰ってしまえばロイやハボックの気持ちを傷つけたまま置き去りにしてしまうのだろう。がんじがらめに縛られて、身動きが取れなくて。
「オレは
そう呟いてポロポロと泣き出すジャンにヒューズはギョッとして目を瞠った。
「えっ、あ、おいっ、しょ、しょういっ?!ドウカシマシタカッ?!」
普段の不貞不貞しいハボックからは想像できない態度にヒューズは慌てふためく。わたわたと腕を振り回して、ポロポロと涙を零すジャンを見ていたヒューズはおずおずと手を伸ばすとジャンの体を抱き締めた。宥めるようにその背を撫でながら顔を引きつらせる。
「ドウシタライインデショウ、ワタクシ
すっかり混乱し切って、それでも優しくジャンを抱き締めるヒューズだった。


2008/06/05


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