| カストルはポルークスの夢を見るか 第四章 |
| 「誰にヤられたんスかッ?!」 肩をグッと掴んで問いただしてくるハボックをロイはじっと見つめる。それからスッと視線を逸らして言った。 「お前には関係ない」 「な……ッ」 思いがけないロイの答えにハボックは目を見開く。 「関係ないって……そんなわけねぇでしょッ!!」 少なくとも自分達は恋人同士の筈だ。何度も肌を重ね、ロイのその白い肌にハボック自身紅い花びらを散らした事もある。その恋人が事もあろうに自分以外の誰かと関係を持った事を示す印を突きつけられて、関係ないで済ませられるわけがなかった。 「一体どこのクソ野郎がアンタにこんなこと…っ」 ハボックは呻くように言ってロイの体をかき抱く。折れるほどに細い体を抱き締めると、その黒い瞳を覗き込むようにして言った。 「言ってください。誰がヤったんです?オレが見つけだしてぶっ殺してやる…ッ!」 怒りも露わにして言う空色の瞳をロイは見つめ返す。それから目を伏せてハボックの体を押しやった。 「お前には関係ないと言っているだろう」 「たいさっ?!」 「大したことじゃない、お前が気にすることはない」 そう言ってソファーから足を下ろし、ロイははだけられたシャツのボタンを留める。上着のボタンも全て留めてしまえば情交の痕は微塵も感じられず、ロイは立ち上がって机の向こうに回った。 「もう一度言う、お前には関係ない。これ以上用事がないなら出ていきたまえ、少尉」 椅子を引いて腰を下ろしながらそう言うロイを、ハボックは信じられないものを見るように見つめる。 「アンタ、それ、本気で言ってるんスか……?」 呻くように口にした言葉にロイは俯いたまま答えなかった。 「……ッッ!!」 バアンッッと手のひらで机を叩くと、ハボックは執務室から飛び出していった。 叩きつけられるように閉まった扉をロイはじっと見つめる。遠ざかっていく足音を聞きながらそっと目を閉じた。 「…………」 深いため息をついてロイは肘をついた手に額を押しつける。あれほど酷いやり方でロイを抱いていながら、ハボックはその事を全く覚えていなかった。それどころかロイが自分以外の誰かに乱暴されたのだと思い込んでいるようだ。夕べロイを抱いたのは紛れもなくジャクリーンであり、ハボックではないのだという事実を改めて突きつけられて、ロイは唇を噛み締めた。 ジャクリーンの存在をまるで認識していないハボックにどう説明しろというのだろう。自分を抱いたのはお前の中にいるもう一人のお前だと言ったところで信じられる筈もない。信じるどころかそんな荒唐無稽なことを言ってまで隠し立てしようとする相手とは誰なのだと、勘ぐられるだけだろう。 「ハボック………ジャクリーン………」 一つの体を持つ二人の男の存在に、ロイはどう振る舞ったらいいのか判らず、顔を手のひらに埋めて深いため息を吐いた。 「チキショウ…っ、一体誰が大佐にあんなこと…ッ!!」 執務室を飛び出したハボックは、廊下を駆け抜け階段を駆け下りて司令部の中庭にやってきていた。木の幹に拳を打ちつけると額を寄せるようにして顔を埋める。たった今見せつけられたものとロイの言葉に、ハボックは深く傷ついていた。 「オレには関係ないって……本気で言ってんの?たいさ……」 ロイにとって自分はその程度の存在なのだろうか。何度も好きだと囁いたあの言葉は全て嘘だったのだろうか。 「それとも、どうしても逆らえない誰かにヤられたとか…?」 地位から見たらロイが逆らえない相手などこのイーストシティにそういるとは思えない。それなら何か弱みを握られたとでも言うのだろうか。 「あの大佐が?そんなこと、あるか…?」 だが、どうしてもハボックには単にロイが自分を裏切ったとは思えなかった。ましてや肌に刻まれたあの痕は、ただ愛し合ったにしてはあまりに酷いものだった。 「くそっ、どういうことなんだよ、一体…ッ!」 たとえ相手が誰であれ、ロイの為なら叩きのめしてやるのに。 まるで目の前でピシャリと扉を閉められてしまったかのように、とりつく島のないロイの態度にどうしていいか判らないハボックだった。 それでもその後ハボックは何度もロイに真相を問いただそうとした。だが、そのたび「お前には関係ない」の一言で突っぱねられ、ハボックは徐々にロイの気持ちが判らなくなっていった。 「ブレダ、今夜時間あるか?」 終業時間も間際になってそう言うハボックを、ブレダは書類を書いていた手を止めて見つめる。ここのところずっとなにやら考え込んだ様子のハボックの眉間の皺が更に深く刻まれていることに気づいて、ブレダは眉を顰めて答えた。 「特に予定はねぇけど………。お前、つきあってる彼女はどうしたよ」 どこの誰かは判らなかったが、デートだなんだとハボックはずっと楽しげだった。だからてっきり今度の相手とは上手くいっているのだとばかり思っていたが、沈み込んだその様子からはそう手放しで喜べる状態でないのは明らかだった。 「予定ないならつき合ってくれよ」 ブレダの問いには答えずそう言うハボックの苦渋に満ちた表情に、ブレダはただ黙って頷いたのだった。 普段、大勢の時には来ない、ごく内輪の間で使っているこじんまりとしたバーの片隅にハボックとブレダは来ていた。酒を注文するのに口をきいたきり、一言も喋らないハボックの顔をブレダはちらりと見る。いつもは陽気なその顔に刻まれた苦悩の色に、ブレダはそっとため息をついた。 「なんか相談があったんじゃねぇのか?」 このままだんまりをきめこまれていたのでは埒があかない。そう思ったブレダが口を開けばハボックの体がビクリと揺れた。 「ハボ?」 促すようにブレダはハボックの名を呼ぶ。そうすればずっと黙ったままだったハボックが顔を歪めた。 「なあ、ブレダ。つき合ってる相手に何かすげぇ悪いことが起きてると判ったら、お前ならどうする?」 「すげぇ悪いこと?…って、どんな事だ?」 そう聞き返せばハボックが首を振る。 「判んねぇ……。何があったんだって聞いてもお前には関係ないの一点張りで…」 「関係ないって、少なくともつき合ってんだろ?関係ないってことはないんじゃねぇの?」 悪いことの内容にもよるけど、と付け足そうとして言いかけた言葉を遮ってハボックが大声を上げた。 「だろっ?でもあの人ったらいくら聞いてもお前には関係ないって…ッ!そりゃオレじゃ頼りになんねぇかもしれないけど、だからってあんな事されてんの見て黙ってろっていうのかよッ!!」 「おい、ハボック」 「チキショウっ、どこのどいつだよ、あの人にあんな……ッ!!」 怒りに任せて握り締めたグラスにピシッとヒビが入るのを見て、ブレダは慌ててハボックの腕を掴む。宥めるように筋肉に包まれた腕を撫でながら言った。 「落ち着けって、ハボ!とにかくまずそのグラスを置け。そっとだ。それから俺の方を見ろ」 「……ッ」 言われてハボックは息を弾ませてブレダを見る。不安げに揺れる空色の瞳に頷いて、ブレダは強張ったハボックの手からグラスを取り上げた。 「落ち着け、な?ゆっくり息吸って吐いて……。それから話せる事だけでいいから話してくれ。俺で力になれる事があったら力貸してやるから」 ポンポンと腕を叩いてブレダが言う。ハボックは震える手をグラスから離すと何度か息を吸って吐いて呼吸を整えた。少し落ち着きを取り戻した様子のハボックにブレダは頷く。それからハボックの顔を覗き込むようにして尋ねた。 「よし、だいぶ落ち着いてきたな。……ハボック、一体何があったんだ?その、つき合ってるっていう相手が何かトラブルに巻き込まれたのか?」 そう尋ねられてハボックは唇を噛む。 「判んねぇ……とにかくいくら聞いても関係ないって…。オレもう、どうしていいのか判んなくて…ッ」 ゴンと、テーブルに額を打ちつけて呻くハボックを、ブレダは目を見開いて見つめたのだった。 |
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