| カストルはポルークスの夢を見るか 第三章 |
| 「ん……頭いてぇ……」 ハボックはベッドに身を起こして呻く。片手で額を押さえながら枕元の時計に手を伸ばせば時刻はとっくに8時を回っていた。 「やっべぇ、急がないと遅刻じゃん」 そう呟いて慌てて動こうとした途端、ズキンとこめかみに痛みが走る。 「ッッ!」 イタタタ、と体を折り曲げて頭を抱えたハボックは暫くの間そのままじっとしていたが、痛みが引いたと感じるとゆっくりと体を起こした。 「なんなんだかなぁ……」 ハボックはそう呟いてため息を吐く。時折訪れるこの頭痛にハボックは悩まされていた。痛みだけでなく目の奥がチカチカとする感じで目を開けていられない。あまりに痛みが酷い時はその間自分が何をしていたのかもよく判らない有様なのだ。 「一度病院で見て貰った方がいいのかな」 そう呟いてみたものの恐らく行かないことは判っている。確かに酷い頭痛ではあったが、過ぎてしまえばその痛みがどんなであったかすら忘れてしまう。一応仕事に支障が出ているわけでもないので、医者嫌いのハボックとしてはわざわざ時間を取って医者に行きたいとも思わなかった。 「メシ食ってる時間ねぇ……」 ハボックはそうぼやきながら洗面所に駆け込む。髭をあたりながらハボックはふと首を傾げた。 「オレ、夕べいつ帰ってきたっけ……?」 銀行の立てこもり事件を解決してロイのところへ行ったのは覚えている。だが、ロイと何を話したのかよく思い出せず、その先どうしたかになるとさっぱりだ。 「んー……頭痛かったし、とっとと帰ってきて寝たかな…」 よく覚えていないがそんな気がする。緩く首を振ったハボックは時計を見ると大慌てでカミソリを動かしたのだった。 「おはようっス」 司令室の扉を開けてそう言えば既に来ていた面々が口々に答える。ハボックは自席に腰を下ろすと短くなった煙草を灰皿に押しつけ、新しいものを取り出した。ライターを取り出し火をつけるとだらりと椅子の背に体を預け、机の上に置かれた書類を取る。その書類の締め切りが今日だという事に気づいて顔を顰めた。 「大佐は?」 「今日はまだ来てませんよ」 「遅くねぇ?」 「そうですねぇ、ちょっと遅いかも」 ハボックの言葉にフュリーが時計を見て答える。ハボックが書類を手に顔を顰めているのを見て言った。 「サインですか?」 「締め切りが今日なの忘れてた」 「大佐の事、言えないですよ、少尉」 クスクスと笑うフュリーをハボックは苦虫を噛み潰したような顔で見る。 「部下は上司の事を見習うんだよ」 イーッと歯を剥いてそう言った時、ガチャリと音がして司令室の扉が開いた。ゆっくりとした足取りで中へ入ってきたロイに皆が口々に朝の挨拶の言葉をかける。それに微かに笑って答えるとロイは執務室へと入っていった。 ハボックはロイの動きを目で追っていたが、書類を手に立ち上がる。ノックをしながら扉を開けるとロイに言った。 「大佐、急ぎでサイン欲しい書類があるんスけど」 そう言いながら執務室の中に入ったハボックは、のろのろとした動きで椅子に腰を下ろすロイを見て目を瞠る。後ろ手に扉を閉めるとロイの側へ走り寄った。 「大佐?どうかしたんスか?」 何となく動きのおかしいロイの肩を支えるようにして聞く。よく見ればロイの顔色がすぐれない事に気づいて眉を顰めた。 「大佐、調子悪いんじゃないんスか?」 そう尋ねてくるハボックをロイはじっと見上げる。それから緩く首を振って言った。 「いや、別になんともない」 「でも、顔色悪いっスよ?熱でもあるんじゃ……」 ハボックはそう言ってロイの額に手を当てる。自分の手のひらより僅かに温度の高いそこに、ハボックは眉を寄せた。 「熱、あるじゃないっスか」 「熱というほどのものじゃない」 ロイはそう言ってハボックの手を払いのける。確かに微熱程度と言えはするものの、普段体温の低いロイにとってはしんどいのではないかと思えた。 「医務室行きましょう」 ハボックはそう言ってロイの腕を掴む。だが、ロイはその手をはねのけて言った。 「何ともないと言っているだろうっ」 「たいさ……」 キッと見上げてくるきつい瞳にハボックが目を瞠る。驚いて自分を見下ろしてくる空色の瞳にハッとして、ロイは視線を落とした。 「すまん……でも、本当になんでもないから」 ロイはそう言って唇を噛む。それから改めてハボックを見上げて言った。 「サインがいるんだろう?寄越せ」 そう言って差し出してくる手にハボックは持っていた書類を渡す。ロイは素早く目を通してサインをしたためると、それをハボックに返しながら言った。 「締め切りギリギリじゃないか。私がいたからいいものの、もっと余裕を持って出したまえよ、少尉」 言いながらニヤリと笑ってみせればハボックがいやそうな顔をする。 「それ、アンタにだけは言われたくねぇっス」 ハボックはそう言って書類を受け取るとロイを見た。 「本当に平気なんスか?しんどいなら早めに休まないと駄目っスよ」 「判ってるよ、ありがとう……ハボック」 そう答えるロイにハボックはため息をつく。どうあっても休む気のないらしいロイに今これ以上なにか言っても無駄と察すると、心配そうな顔をしながらも執務室を出ていった。 ハボックが出ていった後、ロイは暫くの間扉をじっと見つめていたが、ハボックが戻ってこないと判るとホッと息を吐く。そろそろと立ち上がるとソファーに移り、そっと体を横たえた。 「……ッ」 その拍子に身の内に走った痛みにロイは微かに呻く。ひきつるように止めた息をゆっくりと吐き出して、ロイは深いため息をついた。 昨夜、ロイのことを家で待っていたジャクリーンは、まるで昼間の怒りをぶつけるようにロイを抱いた。優しさの欠片もないセックスにロイはただ息を潜めて嵐が通り過ぎるのを待つしかなかった。怒りのままにジャクリーンはロイを貫き揺さぶって、快楽を引きずり出し啼き叫ばせた。あられもなく身悶えるロイを、ジャクリーンは冷たく嘲笑ったのだった。 「………は……」 一晩中嬲れた体はまだ熱をもっているようだ。ロイは熱のこもった息を吐き出すと、震える体を抱き締めてそっと目を閉じた。 「大佐、大丈夫かなぁ……」 ハボックは書類を手に急ぎ足で廊下を歩いていく。顔色の優れなかったロイの事を思い浮かべてキュッと唇を噛んだ。 「やっぱ休ませた方がいい」 あのまま仕事を続けていたらきっと悪化させてしまう。ハボックはそう考えると、とりあえず書類を提出してしまおうと廊下を駆けていった。 急いで司令室に取って返したハボックは軽くノックをして執務室の扉を開ける。「余計なお世話だ」と追い出されるかもと考えていたハボックは、ソファーに横になっているロイを見て目を見開いた。 「大佐!」 慌てて駆け寄るとその額に触れる。さっきより明らかに熱くなっているそこに思い切り舌打ちして言った。 「言わんこっちゃない」 やはり様子を見に戻って正解だったとハボックは苦しげな息を吐くロイの上着のボタンを外す。少しでも楽なようにと、きっちり上まで留められたワイシャツのボタンを外したハボックはギクリとして手を止めた。それから唾を飲み込み、ゆっくりとシャツの襟を開く。そうすれば目に飛び込んできた鮮やかな朱色に目を瞠った。 「……んだよ、これ…ッ」 ロイの白い肌に浮かぶ幾つもの紅い花びら。その鬱血の痕が何を表すのか、ハボックはよく知っていた。ハボックはボタンを全部外してしまうとシャツの前を大きく開く。無数に散らばる花びらの中には、明らかに薄い皮膚を裂いて血が滲むほど噛みついたと判る痕さえあった。 「誰が、こんなこと…ッ」 ハボックがそう呻いた時、ロイの長い睫が震える。ゆっくりと目を開いたロイは自分の上に圧し掛かる男の影にギクリと身を強張らせた。それがハボックだと判ると体の力を抜いたロイは、シャツがはだけられている事に気づいて慌ててシャツを合わせた。 「誰にヤられたんスかッ?!」 怒りも露わに問い質してくる空色の瞳を、ロイは言葉もなく見上げたのだった。 |
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