第六話


「ジャク……どうして…」
「お前が泣いてるのが聞こえたからな」
 ハボックは呆然と自分とそっくりの顔を見つめる。掠れた声でそう尋ねればジャクは肩を竦めて答えるとハボックに向かって手を伸ばした。
「ほら。どうせアパートに帰る気はないんだろう?」
 ジャクはそう言うと凍りついたように身動き一つしないハボックに苛立った様に差し出した手を振る。その手に向かってハボックがおずおずと手を差し出せば、グイと勢いよく引き起こされた。
「わ」
 引っ張られるままにポスンとジャクの腕の中にハボックは飛び込んでしまう。力強い腕に抱き締められてハボックは泣きそうに顔を歪めた。
「ジャクの匂いだ…」
 そう呟いてグリグリとジャクの肩口に顔をこすり付ける。ジャクはククッと笑うとハボックの金色の毛に覆われた耳元に口付けた。
「冷えてきたな、行くぞ」
 言うなりハボックの肩を抱いて歩き出すジャクに、ハボックはまろぶ様に足を縺れさせてついていったのだった。


「ここ、オレのアパートのすぐ目と鼻の先じゃん!」
 連れてこられたアパートの部屋に入った途端、ハボックは窓まで突進して言う。通りに面した窓からはハボックが住んでいたアパートの一部が見えた。
「そりゃ俺はいつだってお前を見てたからな」
「ずっと探してたのにッ!!」
 軍に入ってジャクが出て行った後も、ハボックはずっとジャクを捜し続けていた。それがこんなすぐ近くに住んでいたのに気付かないとは、そこまで見事に姿を隠していたジャクをハボックは恨めしげに見つめる。
「匂いも判んなかった…」
「当たり前だ。いつだって俺の方が優秀だったろう?」
「子供の頃の話じゃん」
 ニヤニヤと笑いながら煙草をふかす兄に、ハボックは唇を尖らせた。それから手を伸ばすとジャクの胸倉を掴みグイと引き寄せたそこに顔を埋める。
「ずっと……ずっと会いたかったんだ。なんで出てきてくれなかったのさ」
「お前にはマスタングがいただろう?」
 そう言われてハボックはハッとしてジャクを見上げた。じっと自分を見つめる空色の瞳を見返して囁く。
「知ってたの?オレと大佐がつき合ってるって」
「お前を見ていたと言っただろう?」
 その言葉にハボックは目を見開いた。ジャクはハボックの頬を撫でて尋ねる。
「マスタングはどうした?何故出てきたんだ?」
「………大佐にバレた。オレ達のこと」
 ハボックがそう言えば今度はジャクがその空色の目を見開いた。ハボックの腕をギュッと掴むと呻くように聞く。
「マスタングのヤツ、お前を捨てたのかっ?」
「違うッ、大佐はオレ達のこと知っても、気持ちは変わらないって言ってくれた。オレが勝手に出てきたんだ」
 そう言えば怒ったような顔でじっと見つめてくるジャクにハボックは続けた。
「いられないよ。大佐は高みを目指す人なんだ。オレみたいのを傍に置いてるってバレたら迷惑かける。大佐の足元掬いたいヤツはいっぱいいるんだから」
「……それでお前はいいのか?お前の気持ちはどうなんだ?」
 酷く落ち着いた声で言う弟にジャクは問いかける。ハボックは自分と同じ空色の瞳を見つめると答えた。
「オレの気持ちはどうでもいいんだよ、ジャク。オレは大佐の傍にいるべきじゃない、大佐の弱みになんかなっちゃいけない、ただそれだけ」
 言ってふわりと笑うハボックの瞳から涙が一粒零れて落ちる。
「ジャン…ッ」
 痛みも悲しみもその一粒に封じ込めて笑うハボックの体を、ジャクは痛いほどに抱き締めた。


2009/03/12


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