第五話


「大佐。人事から問い合わせの電話が来てるんですが」
 司令室の扉を開けるなりフュリーがそう声をかけてくる。その戸惑ったような様子に目を細めるロイにフュリーが続けた。
「ハボック少尉の辞表が回ってきているがこれはマスタング大佐が承認されているのか、って」
「なんだとっ?!」
 ロイはフュリーの言葉を聞くや否や受話器を奪い取る。すぐさまその書類を差し戻すように告げると叩きつけるように電話を切った。
「……あのバカっ!」
 切った受話器を握り締めながら呻くように言うロイに、その剣幕に圧倒されて目を丸くして見つめていたフュリーが恐る恐る尋ねる。
「あの……どういうことですか?辞表って。ハボック少尉、軍を辞めるんですか?」
 その声に顔を上げればブレダやファルマンも驚きに目を見開いてロイを見ていた。その場にいた全員を代表する形でホークアイが口を開く。
「大佐、一体どういうことかご説明いただけますか?」
 そう尋ねられても焔の錬金術師であり、アメストリス国軍大佐であるロイにすら咄嗟にどこまで話していいものか判断がつかなかった。
「待ってくれ、少し考える時間をくれないか」
 ロイは呻くようにそう言うと重い足取りで執務室に入り扉を閉めた。


 司令部を出たハボックはアパートに帰ることも出来ずにぼんやりと川辺に座り込む。すぐ傍に転がっていた石をポーンと放れば弧を描いて飛んだそれはポチャンと落ちて川面に波紋を広げた。
「どこに行こう…」
 ただ逃げ続ける事に疲れて入った軍の中で、思いがけずロイに出会いその強い意思と高い志に惹かれ彼の役に立ちたいと思った。いつしかその思いはロイへの恋情へと変わり、そしてひょんなことからロイもまた自分と同じ気持ちを抱いていてくれている事を知り恋人同士となった。幸せだった。キメラである自分も、幸せになれるのだと思った。だがこうしてロイに己の正体がばれてしまえば、それは単なる幻想だったのだと思い知らされてしまう。
「たいさ…」
 行く当てもなく愛しい相手の名を呼べば涙がポロリと零れ落ちた。その時。
「相変わらず泣き虫だな、お前は」
 背後からかかった声にハボックはギョッとして振り向く。そんなすぐ背後に近寄られるまで気付かなかった事が信じられず、ハボックは唇を噛み締めて背の高い男を睨み上げた。黒尽くめの服を着たその男はかけていたサングラスを外す。現れた顔を見たハボックの目が、これ以上ない程に見開かれた。
「ジャク…」
「久しぶりだな、ジャン」
 突然現れた自分と瓜二つの顔をハボックはただ呆然と見上げていたのだった。


2009/03/09


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