第十二話


「ジャク!どこに行ってたんだよ」
 バンッと勢いよく扉が開く音に振り向いてハボックが言う。問い質そうとしてハボックは様子のおかしいジャクに眉を顰めた。
「ジャク?……どうかしたの?」
 息を荒げ目を吊り上げ、全身の毛を逆立てているようなジャクの様子にハボックは俄に不安になる。何度名前を呼んでも何も言わないジャクに、ハボックは益々不安になってジャクの腕を掴んだ。
「ねぇ、どうしたの?ジャク、何か言って───」
「この街を出るぞ、ジャン」
「え?」
「イーストシティを出る」
 ジャクはそう言うとハボックを押し退けクローゼットに歩み寄る。扉を開け中から取り出したボストンバッグに手当たり次第服を詰め込み始めるジャクに、ハボックが慌てて言った。
「なんだよ、突然!イーストシティを出るって、なんでっ?」
「理由なんてどうでもいいだろう、さっさと支度しろ」
 振り向きもせずに答える兄にハボックは一瞬口を噤む。だが、キュッと唇を噛むと気を取り直して言った。
「待って、ジャク。オレ、ジャクに話があるんだ」
「話ならイーストシティを出てから聞く」
「ジャク!オレの話聞いてっ」
「四の五の言ってないでさっさと支度をしろ、ジャン」
 自分の言うことになど全く耳を貸そうとしないジャクの背をハボックは睨みつける。
「オレ、イーストシティを出る気はないよ」
「……なんだと?」
 ハボックが言えばジャクが荷物を詰めていた手を止めた。ゆっくりと立ち上がりざま振り向くと弟を睨みつける。
「お前、マスタングのところへ戻る気なのか?」
 ついさっき別れたばかりの男の黒い瞳を思い出してジャクが聞けば、ハボックは首を振った。
「戻らないよ。……戻れないもん、大佐のとこには」
「だったらイーストシティに用はないだろうっ?」
「大佐のとこには戻れなくても、大佐を守ることは出来るだろ?」
 そう言うハボックをジャクは目を見開いて見つめる。
「話があるって言ったのはこの事だよ。オレ、大佐の側にはいられないけど大佐の事を守りたい。オレとジャクとだったら普段大佐達が行けないようなところでだって情報集められるし、それを元に大佐に注意を促すことだってオレ達の手で大佐を守ることだって出来るだろ?だから、ジャク、オレと一緒に大佐のこと───」
「ふざけるなッッ!!」
 ハボックの話を途中で遮ってジャクは叫ぶ。空色の瞳に怒りと嫉妬を燃え上がらせて言った。
「お前はもうマスタングの部下でもなければ軍人ですらないんだぞッ!どうしてそんな事をする必要があるんだッ!」
「……どうして?そんなの、ジャクならよく判ってるっしょ?」
 声を荒げる自分とは対照的な囁くような声に、ジャクはハッとして目を見開く。ハボックは大きく目を見開いて見つめてくる兄を見返して言った。
「大佐が好きだから。好きだから守りたいんだよ。例え側にいられなくても大佐の事を守るのはオレでありたいんだ」
 そう言うハボックを見つめていれば、さっき会ったロイの姿が脳裏に浮かぶ。『連れ戻す』と言ったロイ。もう一度ハボックがロイの前に姿を現せば、ロイは必ずハボックをその手に取り戻すだろう。例えハボックがなんと言おうと側に置いて離さないに違いない。
「……そんなの絶対に赦さない」
「え?」
 ぼそりと低いささやきのような声を聞き取れず、ハボックが聞き返す。
「ジャク?今なんて───うわッ?!」
 ジャクはいきなりハボックの喉に手を伸ばしてガッと掴んだ。掴んだ勢いのままハボックを寝室の中に押し込みベッドの上に突き飛ばす。
「お前はここから絶対に出さないッ!!」
「な…っ、ジャクっ?!」
 突き飛ばされた体をハボックが起こす前にジャクはそう叫んで叩きつけるように扉を閉めた。
「ジャクっ?!開けてっ、ジャク!!ここから出してッ!!」
 ドンドンッと、ハボックが扉を叩く音を背中で聞きながら、ジャクは寝室の扉を押さえ込んで唇を噛み締めたのだった。


2010/05/21


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