第十話


 ゆっくりと体を起こしたジャクは、ボトムだけ身につけベッドから降りる。ベッドサイドのテーブルに置いてあった煙草のパッケージから一本取り出し咥えてライターで火をつけると、窓辺に寄りかかり外を見た。ここのところ安定していなかった天気も、今日は雲一つなく晴れ渡っている。だが、晴れ渡った空と同じ色の瞳を持つ双子の心は嵐のように荒れ狂っていた。
『ジャク…っ、もっと、もっとシて…ッ!!』
 まるで目の前にいる兄だけがこの世の全てだとでも言うかのように、ハボックは昼も夜もジャクを求め続けた。ひたすら快楽に溺れて精も根も尽き果てて、それでも腕を伸ばしてくるハボックを受け止めながら、ジャクはハボックが本当に求めている姿をその瞳の中に見いだしてしまう。それを打ち消すように容赦なく攻め立てれば、狂ったように嬌声を上げ続けるハボックの姿は、ジャクの心を深く傷つけた。
「………」
 ジャクは煙草の煙と一緒に胸の中の重い空気も吐き出して、ブランケットに顔を埋めるようにして小さく丸まって眠るハボックを見る。眠りの中ですら安らぎを得られないと言うように、顔を顰めて眠る様が哀れを誘った。
「ジャン……」
 伸ばした指先でジャクはハボックの前髪を梳く。そうすればむずかるように緩く首を振ったハボックの唇から言葉が零れた。
「……ぃさ…」
「ッッ!!」
 切なく呼ぶ声にジャクは手を引っ込める。髪を梳いた指をギュッと握り締めるとシャツを引っ掴み部屋から出ていったのだった。


 ホークアイ達とも話をした結果、ハボックはロイの内密の用件で出張中という扱いにする事となった。ロイは勿論の事、ブレダ達もハボックの行方を懸命に捜し求める。だが、日々の業務の間での捜索には限りがあり、思うように進まない現状にロイの苛立ちは増すばかりだった。
「クソ…ッ」
 ロイは殴り書きのように署名をしたため、ペンを放り出す。内心の苛立ちに急き立てられるように乱暴な仕草で立ち上がると、ロイは執務室を出た。丁度電話中だったフュリーが尋ねるような視線を送ってきたが気づかぬフリで司令室を後にする。廊下を駆け抜け司令部の建物を出ると何処という当てもなく歩きだした。
 ハボックが姿を消して一週間。ハボックが行きそうな場所を片っ端から当たった。だが、その姿は杳として見つからずロイの中に焦りだけが募っていく。もし、ハボックが捕らえられ、閉鎖された研究施設から逃げ出したキメラだとバレたら。危険分子として処分されるか、実験体として研究者の玩具にされるか。何れにせよハボックの身が危険に晒される事には変わりなく、ロイは一刻も早くハボックをその手に取り戻そうと躍起になってイーストシティの街を走り回った。
「…何処にいる?ハボック……帰ってこい、馬鹿者ッ」
 たとえハボックが悪魔であろうと離す気はないのに、そんなロイの気持ちなど判ろうともせず消えてしまったハボックが恨めしくさえある。苛立ちに紛れてロイが内心ハボックを罵ったとき、背後に感じた鋭い視線にロイはハッとして振り返った。振り返った視線の先に立つスラリと背の高い姿。
「お前は……」
 ロイは挑むように睨んでくる空色の瞳を、目を見開いて見つめ返したのだった。


2010/04/25


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