セレスタの涙、オニキスの誓い  第九十七章


「あ……ああ……閣下ァ……」
 ソファーに押さえつけるように組み敷いた相手にたっぷりと熱を注ぎ込めば、くぐもった声が己を呼ぶ。その甘ったれたような声にブラッドレイは隻眼を顰めて、乱暴に埋めていた牡を引き抜いた。
「アアッ!」
 乱暴な扱いに相手が悲鳴を上げるのに構わず、ブラッドレイは服を整える。ソファーにぐったりと沈み込んだ相手をそのままに大振りの椅子に腰を下ろした。たった今までセックスに興じていたなど微塵も感じさせない様子で椅子に背を預け窓の外へと目をやる。少しして微かな衣擦れの音に続いて扉を開け閉めする音がして執務室に人の気配がなくなると、ブラッドレイは部屋の中に視線を戻した。
「退屈だ」
 アメストリスの最高権力者である男は心底うんざりした調子でそう呟く。例えば毎日ルーレットで選んだ相手をこの手で縊り殺したら面白いだろうかと考えて、ブラッドレイはため息をついた。
「一週間もしたら飽きそうだ」
 つまらん、と呟いてブラッドレイはもう一度窓の外を見る。日中雲一つなく晴れ渡っていた空はもうすっかりと暮れて、無数の星が輝きを放っていた。その空を見ていれば漆黒の瞳を持つ男の姿が思い浮かんだ。それと同時に先日のダグラスの言葉が頭をよぎる。
『閣下、閣下にとっちゃもうハボックはただの捨てた玩具なんでしょう?こうやって俺に探らせてるのはハボックよりマスタングの方が気になるからだ。違いますか?』
「気になる……というのとは少し違うがね」
 そう言うブラッドレイの唇にうっすらと笑みが浮かぶ。
「いい退屈凌ぎにはなりそうだ」
 ブラッドレイはそう呟いて受話器に手を伸ばした。


「ふう……」
 ロイはペンを置くといい加減凝り固まってしまった首を回して解す。とりあえずこの辺りまでやっておけばキリもよくホークアイの覚えもめでたいだろうと、ロイは残りの書類は明日に回すことにして机の上を片づけた。抽斗を閉め立ち上がろうとした矢先、机の上の電話が鳴る。こんな帰り際の電話、出れば余計な用事が増えて帰るのが遅くなるだけと無視を決め込む事にして、ロイは受話器でなくコートに手を伸ばした。
「…………」
 だが、電話の耳障りな音に神経を逆撫でされてロイは眉を顰める。無視をすることが出来ず、ロイは小さく舌打ちして仕方なしに受話器を掴んだ。
「はい」
 この電話は直通電話だから名乗ることはせず、ただ出たことだけを知らせる為に短く答える。相手の応答を待ったが受話器からは何も聞こえてこず、ロイはムッと顔を顰めた。
「もしもし?」
 もしかしてかける相手を間違えて困惑しているのだろうか。そうだとしても何か言えとせっつくように言ったが、相手は相変わらず無反応だった。
「切るぞ。番号をよく見てかけろ」
 チッと相手に聞こえるのも構わず舌打ちして、ロイはそう言うと受話器を置こうとする。だが、フックにかける寸前漏れ聞こえてきたクスクスと笑う声に、ロイはハッとして受話器を耳に押し当てた。
「────貴様ッ」
『元気そうでなによりだ、マスタング大佐』
 どことなく上機嫌な声にロイはギリと歯を食いしばる。それでも言葉を飲み込むと努めて冷静に口を開いた。
「失礼致しました、大総統閣下。このような時間にご連絡頂くとは、何か火急の案件でしょうか?」
『彼は元気でやってるかね?』
 ロイの質問には答えずブラッドレイがそう言うのを聞いて、ロイはムッと黙り込む。ブラッドレイが言う“彼”というのが誰を指しているのかよく判ってはいたが、正直ハボックの様子をブラッドレイに伝えたくはなかった。
『だいぶ復調していると聞いている。頑張っているようだね、ハボック少尉は』
 だが、ロイが何も言わずともブラッドレイの方からハボックの近況を知らせる言葉が出る。何も答えないロイを気にする風もなく、ブラッドレイが続けた。
『いつだって彼は頑張っていた、私の元にいる間もずっと、それはもう切ないくらいに。だがね、マスタング大佐』
 ククッと笑い混じりに言う相手を今すぐ燃やしてやりたい衝動に駆られながらも、ロイは無言のままブラッドレイの次の言葉を待つ。そうすればブラッドレイは楽しそうに言った。
『その頑張りが余計な災難を招かんよう、気をつけてやることだ』
「余計な災難……?それはどういう────」
『また近いうちに会えるのを楽しみにしているよ、マスタング大佐』
 どういう意味だ、と尋ねる前にブラッドレイは楽しそうにそう告げて、一方的に電話を切ってしまう。発信音が響く受話器をロイは不快そうに睨んでいたが、やがてゆっくりとフックに戻した。
「余計な、災難?いったいどういう────」
 言いかけてロイはガタンと椅子を蹴立てて立ち上がる。壁の時計を見ればもうとっくに終業時間は過ぎていて、ロイは戻したばかりの受話器を掴むと自宅の番号を回した。
「────出ない」
 ブラウンの元で訓練を積んでいるハボックは余程の事がなければ遅くならずに帰宅する。夜間演習などで遅くなる場合は必ずロイに前以て告げるのが常で、連絡もなしに遅くなることなどまずないと言ってよかった。
「……ッッ」
 ゾクリと身を震わせてロイは受話器をフックに叩きつけると、そのままの勢いで執務室を飛び出していった。


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