セレスタの涙、オニキスの誓い  第九十五章


「撃ち方やめ!」
 ブラウンの声が射撃場に響いて、新兵達は的に向かって引き金を引くのをやめる。続くブラウンの言葉を新兵に混じって聞いていたハボックは、己の前に置かれた的を見て唇を噛んだ。
(こんなんじゃまだ全然駄目だ)
 中央を撃ち抜いていない弾痕が幾つもあるのを見れば、悔しく焦る気持ちを抑えられない。射撃訓練の終了を告げるブラウンの声に新兵達が装備を外し片づけを始めたが、ハボックは銃に新たに弾を込めた。
「ハボック」
 呼びかける声にハボックは弾を込める手を止めて振り向く。そうすればブラウンが近づいてくるのを見て、ハボックは手にした銃を置いた。
「ブラウン中佐」
「調子はどうだ?」
 ブラウンは言ってハボックの前の的に目をやる。
「まだまだっス。情けない……」
 そう言うハボックの声に視線を部下へと戻すと、悔しさに手を握り締めるハボックを見て笑みを浮かべた。
「だがハボック。新兵としてなら決して見劣りしない────」
「そんなんじゃダメなんス!」
 ブラウンの言葉を遮ってハボックが声を張り上げる。僅かに目を見開くブラウンに、ハボックはハッとして視線を落とすと「すみません」と呟いた。
「ハボック」
 ブラウンはそんなハボックの様子に苦笑して、手を伸ばすと肩をグッと掴む。
「焦るな。気持ちは判るが焦ればかえって上手くいかなくなるぞ」
「中佐……でも」
 言われていることは重々判ってはいるのだろう。悔しそうに顔を歪めるハボックに、ブラウンは掴んだ肩をポンポンと叩いて言った。
「むしろこの短期間でよくここまで戻した。ここまでくれば元の水準まで戻るのは時間の問題だろう。下手に焦って怪我でもしたらつまらんぞ。今こそ時間をかけてじっくりやるところだ」
「……はい」
 ブラウンの言葉にハボックは頷いて息を吐く。強張っていた体が息を吐くと同時に力が抜けるのを見て、ブラウンはハボックに頷いてみせた。
「一歩一歩だ、いいな。ハボック」
「はい、あの……居残って訓練してってもいいっスか?」
「お前な」
 判ったと頷きながらもそんなことを言うハボックにブラウンは呆れてため息をつく。だが、とりあえず無茶はしなさそうだと見て、ブラウンは苦笑しながらも頷いた。
「仕方のない奴だな。居残るのは構わんが時間を決めてやれ。ずるずるするのはかえって良くない」
「アイ・サー」
 ピッと敬礼して見せるハボックの肩をもう一度叩いてブラウンは歩き出す。他にもぱらぱらと残っている新兵たちに声をかけると射撃場から出ていった。


「ふう……」
 ハボックは全弾撃ち尽くした銃を下げて大きく息を吐き出す。まだまだ納得のいく出来ではなかったがいい加減疲れも出てきて、ブラウンの言うとおりこの辺りでやめておくのがいいのだろう。壁にかけられた時計を見れば、丁度“この時間までは”と思っていた頃合いになっている。ハボックはイヤーマフを外して片づけを始めた。
 気がつけば居残っていた他の新兵たちは皆帰ってしまったようで、広い射撃場にはハボック一人だった。片づけを済ませてハボックは射撃場を出る。ロッカールームに向かって歩いていると背後から声がかかった。
「ハボック」
「グラント」
 立ち止まって振り向くハボックの側にグラントが足早に寄ってくる。
「今上がりか?精が出るな」
「幾らやっても全然でさ」
 言えば苦笑して答えるハボックを見てグラントは言った。
「でも、戻ってきたばかりの頃に比べりゃ筋肉もついてきたし、後は時間の問題だろ?大丈夫だって」
 ニッと笑ってグラントは続ける。
「今だから言うけどさ、戻ってきたばかりの頃はお前ホントに痩せちまってて、すげぇ心配だったんだよ。でも、今のお前なら大丈夫って思う」
「グラント」
 そんな風に言ってくれるグラントにハボックは一瞬目を見開いて、それから柔らかく笑った。
「ありがとう、グラント。────お前はこれから夜勤?」
「そ。まあ、何事もなきゃいいんだけど」
「頑張れよ」
「ああ。じゃあまた」
 グラントはそう言うと角を曲がって行ってしまう。その背を笑みを浮かべて見送ったハボックは、ロッカールームへと歩き出した。やはりもう誰もいないロッカールームに入ると、硝煙の臭いがついた服を脱ぎ捨て、タオルを手にシャワールームへと入っていった。ブースの一つに入り頭からシャワーを浴びる。温かい湯に疲れが流されていくように感じながらぼんやりとシャワーを浴びていたハボックは、不意に背後から伸びてきた手に腕を掴まれギョッとして振り返った。
「────ダグラス」
「よう。今まで居残ってたのか?熱心だな」
 そう言ってニヤリと笑うダグラスをハボックは目を見開いて見つめる。ザアザアとシャワーの滴を浴びながらダグラスを見つめていたハボックは、己の腕を掴むダグラスの手をチラリと見、顔を見て言った。
「なにか用?つか、腕離せよ」
 ハボックは言ってダグラスの手を振り払おうとする。だが、ガッシリと腕を掴んだ手は軽く振り払おうとしたくらいでは離れない。それどころか、ダグラスはハボックの腕を掴んだまま身を寄せてきた。
「ちょ……ッ?離せよッ!」
 ギクリとしてハボックは身を捩ってダグラスを突き飛ばそうとする。だが、ダグラスは体をぶつけるようにしてハボックをブースの壁に押しつけた。
「うわッ!」
 まさかと思う気持ちに不意をつかれて、ハボックはガンッと頭を壁に打ちつけてしまう。くらりと揺らいだ体をダグラスは反転させて後ろ手に腕を捻りあげた。
「くぅッ!」
 霞んだ意識を苦痛に引き戻された時には、背後から壁に押しつけられて身動きがとれなくなっていることに気づき、ハボックは目を見開く。なんとか逃れようともがくハボックの耳元に唇を寄せて、ダグラスは囁いた。
「ヤらせて貰うぜ。許可はとってあるんだ」
「許可?!ふざけんなッ!離せよッ!!」
「今更純情ぶるつもりか?散々大総統のもんをここに咥え込んだんだろう?突っ込まれてアンアン善がってたって聞いたぜ?」
 そう言われてハボックはギクリと体を震わせる。肩越しに間近に迫るダグラスの顔を見て、唇を震わせた。
「なんでそれを……」
「お前さぁ、ホント見てると滅茶苦茶にしてやりたくなるんだよ……閣下に好きにしていいって言われたからな、滅茶苦茶に犯してやる。喜べ」
「閣下に……って、────まさか」
 その言葉にハボックは漸くダグラスがブラッドレイと繋がっているのだと気づく。凍り付いたように動けなくなる体に熱く滾った塊を押しつけられて、ハボックは悲鳴を上げた。


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