セレスタの涙、オニキスの誓い  第九十四章


「ごちそうさまでした」
 ロイに少し遅れて出された料理を食べ終えて、ハボックはフォークを置く。汚れた食器をキッチンのシンクに運ぶとコーヒーをセットし、コーヒーが落ちきるまでの間に手早く食器を片づけた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 リビングのソファーに移って本を読んでいるロイの前のテーブルにハボックはコーヒーを置く。それから向かいのソファーに腰を下ろすと一つため息をついた。
「疲れたか?」
「え?……ああ、大丈夫っス」
 閉じた目を開けてハボックは笑みを浮かべる。少しだけ砂糖を入れたコーヒーを一口飲んで言った。
「最初の頃に比べたら随分体力もついてきたっスから」
「そうだな」
 ハボックの言葉にロイも頷く。じっと見つめる視線を感じているのか、ハボックは目を伏せて言った。
「技術の方はまだ全然……悔しいっスけど。でも、ちゃんと最後までついていけるようになったから、これからは前に覚えたこと出来るように訓練頑張ろうって……」
「そうか」
 そう言えば答えるロイの声に優しさが滲んでいるのを感じて、ハボックは視線を上げる。見つめてくる黒曜石と目があって、ハボックは照れたように笑った。
(まだ全然だけど……側に誰かいても息苦しくならなくなった。組み手も怖くなくなったし、覚えた事ちゃんと実践出来るように訓練出来る)
 ブラッドレイから解放されてイーストシティに戻ったばかりの頃、側に誰かがいるのが耐えられなかった。誰かの体温を息遣いを感じると恐ろしくて体が竦んでしまうのを止められなかった。組み手などただただ怖くて、吐いてしまったこともあったほどだったのだ。
(もう、大丈夫……。大佐を護る為に頑張れる)
 最初に望んだ事を成し遂げられる場所へやっと戻ることが出来て、ハボックはホッと息を吐いた。


「ぅア……ッ!ヒァアッッ!!」
 執務室の大振りな机に俯せに押さえつけた躯をブラッドレイは強引に貫く。ガツガツと乱暴に突き上げれば、まだ少年の域を出ない細い躯が固い机の縁に打ちつけられて、組み敷いた相手が悲鳴を上げた。もう少しゆっくりしてくれと懇願する相手に構わず、ブラッドレイは己の快楽のみを求めて犯し続ける。狭い肉筒で快感を高めて絶頂の極みへと己を追い上げると、ブラッドレイは突き入れた肉の奥深くへと精を吐き出した。
「んアアアッッ!!」
 ドクドクと奥底へ精液を注ぎ込まれた躯がブラッドレイの下でガクガクと震える。ブラッドレイはブルリと体を震わせて最後の一滴まで吐き出すと己を引き抜いた。逃がすまいとするようにまとわりついてくる肉壁に構わず強引に引き抜いて、手早く衣服を整えた。
「あ……ふ……」
 ブラッドレイが手を離せば犯していた躯がずるずるとへたり込む。その時、扉をノックする音がして秘書官の声が聞こえた。
「閣下。イーストシティからお電話が入ってます。お繋ぎしてよろしいですか?それとも」
「構わん、繋いでくれ」
 皆まで言わせずブラッドレイは言ってヘたり込んでいる相手の脇腹を軍靴で蹴る。さっさと出ていけと身振りで示せば、最高権力者の相手を務めていた准尉は、服をおざなりに整えるとよろよろと立ち上がって執務室を出ていった。
「……」
 ブラッドレイは一つ息を吐いて椅子に腰を下ろす。受話器に手を伸ばした時にはもう准尉のことなどすっかりと忘れ去って、ブラッドレイは受話器を耳に押し当てた。
「私だ」
 短くそう言うブラッドレイに受話器の向こうで相手が答える。
『ダグラスです、閣下』
「ああ、君か。どうだ、頑張っているかね?」
 そう聞いた相手が自分の事ではないと判っていてダグラスが答えた。
『そうですね、大分復調してはきたようですが、まだまだって感じです』
 その言葉にブラッドレイはフンと鼻を鳴らす。大きな椅子にふんぞり返るように背を預けて、ブラッドレイはダグラスが続きを言うのを待った。
『アイツを見ていると閣下が興味を持たれたのが判る気がします。なんかもう必死で……可愛いというより滅茶苦茶にしたくなる』
 ダグラスはククッと笑って言う。己の雇い主である最高権力者が何も言わないのをいいことにダグラスは言った。
『閣下、閣下にとっちゃもうハボックはただの捨てた玩具なんでしょう?こうやって俺に探らせてるのはハボックよりマスタングの方が気になるからだ。違いますか?』
「どうかな」
 不遜とも言える言葉をブラッドレイは敢えて咎めずそう答えるにとどめる。すると、ダグラスが低い笑い声を上げながら言った。
『ハボック……アイツ見てると本当に滅茶苦茶にしてやりたくなるんですよ。閣下もそうだったでしょう?…………犯してやりてぇ……駄目ですか?』
 監視をするよう命じられた対象に対してそんな事を言い出すダグラスに、ブラッドレイは隻眼を細める。何も答えずにいるとダグラスが焦れたように言った。
『別に構わないでしょう?元々壊れて捨てた玩具だ。俺がもう一度壊したところで閣下にはなんの感慨も湧かない筈だ。違いますか?────俺に下さい、あの玩具』
 低く、情欲の滴る声でそう呟くように強請るダグラスに、ブラッドレイは唇の端を吊り上げる。なかなか答えないブラッドレイにダグラスが苛々とした口調で呼んで来るに至って、ブラッドレイは漸く口を開いた。
「別にそうしたければすればいい。好きにしたまえ、ダグラス少尉」
 その答えを聞いて、電話越しでもはっきりとダグラスが意気込むのが判る。そんなダグラスに低く笑ってブラッドレイは言った。
「好きにするといい。だが、くれぐれも火傷には注意することだ」
『火傷?俺がハボックに溺れるとでも言うんですか?確かに随分と具合がいいようですけど』
 ありえませんよ、と言ってダグラスが笑う。その後、二言三言現況を伝える言葉を付け足すのをおざなりに聞いて、ブラッドレイは電話を切った。
「まあ、彼に興味を抱くのは致し方のないことだが」
 と、ブラッドレイは椅子に背を預けながら呟く。
「彼を庇護する者を刺激して大火傷しないよう、精々気をつけたまえ」
 憎しみを浮かべて睨んできた黒曜石を思い出して、ブラッドレイはクツクツと笑った。


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