| セレスタの涙、オニキスの誓い 第九十三章 |
| 「よぅし、午前の訓練はここまで!午後からは射撃訓練だ。時間になったら射撃場へ集まるように」 「「イエッサー!」」 ブラウンの言葉に新兵たちが一斉に敬礼を返す。解散の合図と共にホッと息を吐いて、ハボックは新兵たちに混じって歩きだした。 訓練に参加するようになって一ヶ月が過ぎ、漸くなんとかついていけるようになった。まだ完全に復調したとは言えずとりあえず遅れずについていけるという程度ではあったが、それでも再開当初の立っているのもやっとだった頃に比べれば格段に体力もついてきている。体力が戻ってくればほんの少しだけ自信も戻ってきているのを感じながら、ハボックはロッカールームに向かうとざっと汗を流して着替えた。 「午後は射撃かぁ、中佐、厳しいんだよなぁ」 バンッと立て付けの悪い扉を閉めれば隣でボヤく声が聞こえる。赤毛を短く刈り込んだリンチと言う新兵がハボックを見て言った。 「なあ、そう思うだろ?ハボック」 「まあな」 同意を求められてハボックは頷く。とりあえずメシだと出ていくリンチ達と一緒にロッカールームを出ようとすると、背後から聞こえた笑い声にハボックはチラリと後ろを見た。 「射撃なら俺が教えてやるって言わねぇの?」 そうすればニヤニヤと笑うダグラスと目が合う。それには答えずロッカールームを出るハボックを追いかけるようにダグラスが後からついてきた。 「それとももしかして俺たちと一緒になんてやってられないからって、手ぇ抜いてんの?」 「そんなんじゃない」 尋ねる言葉にハボックはムッとして言い返す。幾ら体調が戻ってきたとは言え毎日毎日訓練を重ねて磨きあげてきた技術と勘を取り戻すのは容易ではなく、ダグラスに言われなくとも以前に比べて射撃の精度が落ちているのは自分でもよく判っていた。 「射撃大会で三位だもんなぁ、すげぇよ、実際」 本当にそう思っているのか、疑わしい調子でダグラスが言うのを聞いてハボックは足を止める。なにも言わず睨みつけてくる空色に、ダグラスが肩を竦めた。 「褒めてんだろ。そんな怖い顔すんなよ」 そう言うダグラスを睨んだハボックはプイと顔を背けると歩いていってしまう。その背を見送って、ダグラスは唇を歪めて笑った。 「たまんねぇな、ホント────犯してぇ」 クッと喉奥で笑って、ダグラスはハボック達が歩き去った方向へと歩いていった。 退屈な会議を終えてロイは廊下を歩いていく。途中、総務に用があるというホークアイと別れて一人になったロイは、少し先を歩いていくブラウンの姿に気づいて足を早めた。 「ブラウン中佐」 声が届くところで呼びかければ、ブラウンが足を止めて振り向く。声をかけてきたのがロイだと気づいて、ブラウンはロイの方へ廊下を戻ってきた。 「マスタング大佐」 ハボックの事ですか?と、ロイが言うより早くブラウンが口を開くのにロイは思わず苦笑する。そうだと頷けばブラウンが言った。 「少しは体力がついてきたようです。最初の頃はもう本当についてくるのもやっとでしたが」 「だろうな」 訓練を再開した頃のハボックは、家に帰ってくるともう碌に動けないような状態だった。疲労のあまり食事も喉を通らない日もあるほどだったが、食べなければ体力も戻らないと必死になって食べていた。最初のうちはスープしか食べられなかったのが、パンをスープに浸して食べられるようになり柔らかく煮込んだ野菜を食べられるようになりと、食べられる量が増えていけばそれに比例して体力も戻っていった。今ではまだ分量は少なかったが一通りのものは食べられるようにまで回復していた。 「頭ではこう動けばいいとか、こう言うときはこうすればいいとか、判っているようなんですがね。まだなかなか……」 ブラウンは言って軽く首を振る。 「射撃の方も以前の腕前を知っているだけについこちらも期待して見てしまいますから。もっとも一番もどかしいのは本人でしょうがな。“もっと自分は出来る筈だ、どうして出来ないんだ”と焦っている。今は焦るあまり事故に繋がらないか、それが一番心配です」 焦るなということは重々言っているのだがと、ブラウンは眉を顰める。そう聞いてロイは“そうか”と呟いてため息をついた。 「怪我をしたらそれこそ元も子もないからな。よく見てやってくれ」 「勿論です。ハボックは優秀な兵士だ、あんな事でダメにしてしまうのは惜しい逸材です。それに」 と、ブラウンは続ける。 「私にとってもハボックは大事に育てた部下なんです」 「────そうだったな」 ロイに言われるまでもなくブラウンはハボックに最適な訓練の場を与えてくれるだろう。外野がとやかく言う問題ではないのだ。それよりもロイに出来るのは余計な心配事をハボックにさせないようにすることだろう。例えば再びあの男が権力に物言わせてハボックに圧力をかけてくるようなことがないように。 「頼んだよ、ブラウン中佐。ハボックは未来の私の護衛官なんだ」 そう言えば笑みを浮かべるブラウンに軽く手を挙げて、ロイは司令室へ戻ろうと廊下を歩いていった。 |
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