セレスタの涙、オニキスの誓い  第九章


「私はブラッドレイ大総統の第一秘書官を務めますエリゼ書記官です。三位入賞おめでとうございます、ハボック少尉」
「ありがとうございます」
 よく通る声で受賞を祝う言葉と身分を告げる女性に、ハボックはとりあえず礼を言う。大総統の秘書官が一体何の用だろうと問いかけるように見つめれば、女性が淡々と答えた。
「ブラッドレイ大総統が受賞者の皆さんの為にお祝いの席を設けたいと仰られています。つきましては今夜八時にサンセベーリアホテルにお越し頂けますか?」
「今日の八時っスか?」
 正直競技が終われば早々にイーストシティに戻るつもりだった。どの程度の席か判らないが八時から始まるのでは最終の列車にはおそらく間に合わないだろう。だが、ブラッドレイの主催であるならそれは辞退など以ての外ということだ。
「判りました。サンセベーリアホテルっスね。必ず伺います」
 ハボックが答えると女性はにこやかに頷いてクルリと背を向ける。コツコツとヒールの音を響かせて立ち去る背を見送って、グラントが感心したように言った。
「すっげぇ美人だな、スタイルも抜群だし。やっぱ大総統の秘書官ともなると違うよなぁ」
「そうだね」
 綺麗な女性なら幾らでもいるだろうが、グラントが言うとおり流石にブラッドレイの秘書ともなると別格だ。ただハボックから見ればやけにフェロモンがだだ漏れで軍という機関には似つかわしくないように思えた。
「それよりもオレ、今夜の列車、間に合わないかも」
「そうだな。でも、光栄な話じゃないか。大総統直々だぜ、上手くいきゃ出世街道まっしぐらかも」
「まさか」
 ちょっと興奮気味に喋るグラントにハボックは苦笑する。
「俺たちは予定通りの列車で帰るよ。お前はもう一泊してこい」
「そうするしかないか」
 早く帰ってロイに色々話したい事もあるが仕方ない。がっかりとため息をつくハボックを見て、グラントが呆れたように言った。
「おいおい、普通そこは大喜びするところだろ?なにため息ついてんだよ」
「そうだけど……オレ、大総統と話すより大佐と話したいもん」
「あのな」
 口を尖らせて不貞腐れたように言うハボックに、グラントの方もため息をつく。
「大総統とお近づきになりたいって思ってる連中はいっぱいいるんだぜ。あんまり下手なこと言うなよ」
 やっかまれるぞ、とチラチラと辺りを見回してグラントに言われてハボックはため息を飲み込んだ。
「まあ、折角の機会なんだ、楽しんでこいよ」
「ん、そうする」
 ポンと肩を叩くグラントにハボックは笑って頷いた。


「会議、まだ終わってないのか」
 ホテルに行く前にと司令部に電話を入れてみたものの、ロイはまだ戻っていなかった。せめて一言報告したかったのにとハボックはため息をついて受話器を置く。
「声、聞きたかったな」
 ロイと話したのは昨日のことだから実際にはまだ一日も経っていない。だが、ロイに一言「おめでとう」と言って貰えたならきっとブラッドレイに祝って貰うのより何十倍、何百倍も嬉しいに違いない。
「仕方ない。楽しいことは先に延ばした方が楽しみも増すってものだよな」
 ホテルから戻ってくる頃にはロイも家に帰っているだろう。遅い時間に申し訳ないがロイだってきっと待っていてくれるに違いない。
「よし、さっさと行って済ませてこよう」
 いかにも義務と言わんばかりに呟いて、ハボックは指定された場所へ向かうためにホテルを後にした。


「大佐、あと三分早く戻ってこられていたら」
 執務室に戻った途端、ホークアイにそう言われてロイは眉を顰める。
「別に寄り道してないぞ」
 そもそも戻ってくるのが遅くなったのは会議が延びたせいだ。自分が悪い訳じゃないと文句を言いながら腰を下ろすロイにホークアイが苦笑した。
「ハボック少尉から電話があったんです」
「ハボックから?」
 そう聞いてロイは椅子から腰を浮かす。
「昼間に二度、それから三分ほど前にも」
「どうして呼び出してくれなかったんだ!」
「大佐」
 幾ら待ち侘びている電話とはいえ、わざわざ会議中のところを呼び出すほどのものではない。窘めるように呼ばれて、ロイは浮かした腰を下ろしてため息をついた。
「走って戻ってくればよかった。もう駅に向かっただろうな」
 大会が終わればすぐに戻ると行っていた。そう思って残念そうに言うロイにホークアイが笑みを浮かべる。
「今夜、大総統が受賞者を呼んで祝いの席を設けるのに出ると言ってました。今夜のうちに戻るのは無理でしょうから終わったらご自宅の方へ電話があるんじゃないでしょうか」
「そう言うことは早く言ってくれ」
 ロイは椅子に預けていた体をガバリと起こすともの凄い勢いで帰り支度をし始める。
「今日はもう仕事はしないぞッ、何かあっても明日にしてくれ!」
「車を回します」
 ガタガタと片づけをするロイに苦笑してホークアイは電話に手を伸ばした。すぐ正面玄関につけるよう手配して電話を切ったときには、ロイはもうコートを引っ掴んでいた。
「じゃあまた明日」
「お疲れさまでした」
 飛び出していく背中にホークアイは声をかけてやれやれとため息をつく。
「そんなに慌てなくてもこれから大総統のところに行くというのに」
 電話がかかってくるのはまだ暫く先だろう。だが、そう言ったところで聞く耳など持たないだろうと肩を竦めたホークアイは執務室の灯りを消して部屋を出た。


「ここだ」
 ハボックは指定されたホテルの前で車を降り、建物を見上げる。サンセベーリアホテルはセントラルでも由緒のあるホテルで、普段ならハボックには全く縁のないような高級ホテルだ。思わずおかしなところはないかと自分の格好を見下ろしてから、ハボックは正面の入口をくぐった。フロントで場所を確認すれば最上階のスイートのナンバーを告げられてハボックは首を捻る。
「どこかパーティ会場みたいなところでやるのかと思ったけど……」
 受賞者だけとしても幾つも部門があるのだからそこそこの人数になるはずだ。不思議に思いながらもハボックはエレベーターで最上階に上がる。降りたフロアには扉は一つしかなく、ハボックは少し躊躇ってから扉をノックした。少ししてカチャリと扉が開いて昼間会った秘書官の女性が顔を出す。女性は脇によけてハボックを通して言った。
「奥へどうぞ。大総統がお待ちです」
「ありがとう」
 女性はそう言うとハボックと入れ替わりに部屋を出ていってしまう。その背を見送ったハボックは人の気配がないことに気づいて眉を寄せた。
「みんなまだ来てないのかな……」
 まだ八時前ではあるがいい加減揃ってもいい頃だ。何故だか込み上げてくる不安を押し殺してハボックは奥に続く扉をノックする。
「入れ」
「失礼します」
 入室を許可する声にハボックは、グッと手を握ると扉を押し開けた。


→ 第十章
第八章 ←