セレスタの涙、オニキスの誓い  第八章


「────大佐、マスタング大佐」
「えっ?……ああ、すまん、中尉」
 遠くで聞こえていた音が意味をなして耳に響いて、ロイは慌てて机の前に立つ副官を見上げる。じっと責めるように見つめてくる鳶色に、ロイは眉を下げて尋ねた。
「あっ……と。……何の話だったかな?」
 どうやらここまで話したことは何一つロイの耳には入っていなかったようで、ホークアイはため息をつく。パタンとファイルを閉じると壁の時計を見た。
「そろそろ射撃大会、終わる頃ですわね。結果が気になりますか?」
「えっ?いや別にそう言う訳じゃないぞっ」
「今日一日ずっと気もそぞろな方が言っても説得力がありません」
 否定しようとすればピシリと断言されて、ロイは決まり悪そうに口を噤む。ため息をつきながら椅子に背を預けて、ホークアイを見上げた。
「どう思う?いい結果を出せたと思うか?」
「大佐はいい結果を出さなければ射撃大会に出る意味はないとお考えですか?」
 質問に質問で返されてロイは僅かに目を見開く。それから小さく首を振って答えた。
「いや────そうだったな。結果云々よりアイツが何か掴んで帰ってきてくれれば十分だ」
「それならなにも心配する必要はありませんわね。それに大佐が結果ばかり気にして仕事を疎かにしていたと聞いたら彼が何というか」
 そう言う副官にロイはやれやれと笑う。背をピンと伸ばして机の上に組んだ手を置いてホークアイを見つめた。
「ではすまんが中尉、もう一度頼むよ」
「はい、大佐」
 頷いてホークアイはファイルを開く。
(報告を聞くのを楽しみにしてるよ、ハボック)
 ロイは心の中でそう呟くと、今度こそホークアイの説明に集中したのだった。


「凄いっ、やったな!ハボック!!」
「おめでとう!凄いぜ!」
 サイモンに髪をガシガシと掻き混ぜられグラントに背をバンバンと叩かれながらハボックは呆然とする。結果発表に引き続き表彰式を行うと告げるアナウンスに、サイモンがハボックに言った。
「ほら、ハボック、表彰式だってさ。早く行ってこいよ」
「え……?あ、うん……」
 頷きはするものの歩きだそうとしないハボックを見て、グラントが苦笑した。
「おい、大丈夫か?なんなら表彰台までエスコートしてさしあげましょうか、お姫さま?」
 揶揄するように言って顔を覗き込まれ、ハボックは赤面した。
「なんだよ、それ。大丈夫だって」
 漸くまともな反応を返せばサイモンとグラントが笑ってハボックを押し出す。それに頷いて、ハボックは会場の中央に設えられた表彰台に向かって歩きだした。
 短銃の部門に出場したハボックは一回戦、二回戦と順調に勝ち進みグラントと共に準決勝に進出した。グラントは惜しくも敗退したが、ハボックは八人で争う決勝戦へと進み見事第三位の成績を収めたのだった。
(嘘みたいだ、決勝に進んだのだって夢かと思ったのに、表彰台に上がれるなんて)
 ハボックは他の受賞者と共に名を呼ばれるのを待ちながらそう思う。競技の時よりもドキドキしていれば、遂に場内に受賞者の名前告げるアナウンスが流れた。
「第三位、東方司令部ブラウン中隊所属ジャン・ハボック少尉」
 名を呼ばれてハボックは表彰台の上にあがる。
「おめでとう、大したものだ、少尉」
 その声に受賞のメダルを持っているのがブラッドレイであることに、舞い上がっていたハボックは漸く気づいた。
「これからの活躍を期待している」
「ありがとうございますッ!大総統閣下!」
 ハボックの首にメダルをかけ手を差し出してくるブラッドレイに、ハボックは喜びに顔を輝かせてその手を握り返す。
「後でまたゆっくり話を聞かせて貰おう」
 そう言って握る手にグッと力を込めるブラッドレイの隻眼に浮かぶ光の意味を、その時のハボックはまだ気づいていなかった。


「凄いな、これが第三位のメダルかぁ」
 表彰式から戻ってきたハボックをサイモンとグラントが迎えて取り囲む。よく見せてくれと言う二人にメダルを渡して、ハボックは電話を探す為に二人の側を離れた。
「電話どこだろう。大佐に知らせなくちゃ」
 誰よりも一番に知らせたくて、ハボックは電話を見つけると飛びつくように受話器を持ち上げた。今の時間ならまだ司令部だろうとダイヤルを回す。コードを告げてロイの執務室に繋いで貰うと、ドキドキしながらロイが出るのを待った。
「出ない……いないのかな」
 忙しいロイのことだ。会議か何かで執務室にはいないのかもしれない。そう考えてハボックが受話器を置こうとした時、カチャッと受話器があがる音がした。
「あ……大佐っ?」
『はい、司令室です』
 ロイが出たのかと勢い込んで話しだそうとすれば、期待に反して女性の声がする。慌てて一度言葉を飲み込み、ハボックは改めて口を開いた。
「……っと、すんません、マスタング大佐はいらっしゃいませんか?」
『大佐は今会議で席を外してます』
 案の定会議だったようで、ハボックは肩を落とす。仕方なく後でまたかけ直すと言って電話を切ろうとすれば、女性が言った。
『ジャン・ハボック少尉?』
「えっ?あ、はいっ、そうっス!」
『やっぱり。大佐も貴方からの電話を待ってたんだけれど、どうしても外せない会議があって今いないのよ』
「そうですか、あの……」
 申し訳なさそうな女性の声にハボックが口ごもる。どうしようかと考えている間に女性が言った。
『私はホークアイ中尉。伝言を残す?それとも自分で伝える方がいいなら電話があったことだけ伝えるわ』
 そう言われてハボックはちょっと迷ってから答えた。
「自分で伝えます。電話があったことだけ伝えてください」
『判ったわ────その声の調子だといい報告なのかしら』
「えっ?えと……はい」
 尋ねられハボックはおずおずと頷く。そうすれば受話器越しの声が優しい響きを帯びた。
『そう、おめでとう。大佐も聞いたらきっと喜ぶわ。あと一時間もすれば戻ると思うから』
「ありがとうございます。じゃあその頃にまたかけます」
 ハボックはもう一度礼を言って電話を切る。ロイがいなかったのは残念だが、それでも顔には笑みが浮かんでいた。
「大佐、電話待っててくれてたんだ」
 早くロイに頑張った結果を伝えたい。ほんの少しではあろうがロイに近づけたことを一緒に喜んで欲しい。ハボックがそう考えていると背後からグラントの声が聞こえた。
「ハボック、ブラッドレイ大総統の秘書って人が来てるぜ」
 そう言われて振り向けば、グラントの隣に立つスラリと背の高い女性が軽く頭を下げた。


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