| セレスタの涙、オニキスの誓い 第七十四章 |
| 「あ……あ……」 何度目になるか判らない熱を注がれて、ビクビクと痙攣する躯からブラッドレイは己を引き抜く。ぼんやりと宙を見つめる目元に溜まる涙を指先で拭うと、薄く開いた唇にねっとりと口づけた。 「いい子だ、私の少尉」 クスクスと笑ってブラッドレイはハボックの金髪を撫でる。それからベッドから降りると服を身につけ、ぐったりとベッドに横たわるハボックをそのままに病室を出た。ブラッドレイは暴虐な支配者の怒りを買うのを怖れるようにシンと静まり返った病院の廊下を歩いていく。正面玄関から外へ出ると夜空に煌々と輝く月を見上げた。 「いい月だ」 ブラッドレイは月の光を取り込もうとするかのように大きく腕を広げて夜空を振り仰ぐ。そうして月の魔力をその身に取り込むと、振り返ることなく病院を後にした。 「…………」 ロイは弾む呼吸を整える為に病院の前で一度足を止める。ハボックがいる病室の辺りを見上げれば、白く閃くものが見えてロイはギクリと身を震わせた。目を凝らして見つめたロイは、それが病室のカーテンが開け放たれた窓から外に出ているのだと気づく。その裾が震えるようにゆらゆらと揺れるのを見た瞬間、ロイは病院に駆け込んでいた。引き止める守衛の言葉も無視して廊下を駆け抜け階段を上がる。ハボックの病室があるフロアに出たロイは、その場を支配する禍々しい空気に目を見開いた。階段の上がり口にあるナースステーションへ目を向けたロイは、夜勤の看護士達が怯えきって隅に身を寄せあっているのに気づく。「おい」と低く声をかけたが、誰一人としてロイに答えなかった。 ロイは張り詰めた空気の中ゆっくりと廊下を歩いていく。ハボックの病室の前に立ったロイは、このフロアを支配する瘴気の源がここだと気づいた。扉に手をかけ、ロイはゆっくりと開いていく。そして、ロイは目の前に広がる光景に目を見開いて凍り付いた。 月明かりの中、乱れたベッドの上に投げ出された長い手足。一糸纏わぬ姿で横たわるハボックの白い肌のそこここに残る陵辱の痕。そして、しどけなく開かれた脚の透き通るように白い内腿にこびりついた精液と血を目にした時。 ロイの唇から獣のような叫び声が迸った。 凄まじかった嵐が収まり、世界は再びシンと静まり返っている。青い空は果てなく広がり、ガラスのように澄み切った湖とその境界を混ぜあっていた。その湖の中央、彼は手足を投げ出すようにしてその身を湖に沈めていた。透き通る湖の底、彼の体はゆらゆらと揺蕩う。その身を濡らすことなく湖の中に横たわって、彼はただ湖面の上に広がる広い広い空を静かに見上げていた。 カッカッと靴音を響かせてホークアイは病院の廊下を歩いていく。途中ナースステーションに寄って様子を聞こうとしたが、顔馴染みの看護士は涙ぐんで首を振るばかりだった。 「…………」 ホークアイは話を聞くのを諦めハボックの病室へ向かう。扉の前で何度か息を吐いて気持ちを落ち着けると、そっと扉を開き中へと入った。 病室の中ではハボックが背中に当てられたクッションに身を預けるようにしてベッドに体を起こしている。窓の外へ顔を向けているハボックに呼びかけて、ホークアイはゆっくりとベッドに近づいていった。 「……少尉?」 呼びかけにピクリとハボックの肩が震えるのを見てホークアイは目を瞠る。これまでは何を言おうと全く無反応だった空色の瞳が、振り向いてホークアイを見た。 「少────」 「だれ……?」 掠れた声でそう尋ねられてホークアイは口を噤む。少なくともロイの副官としてのホークアイにハボックは面識があるはずで、「誰?」と尋ねられる理由が判らなかった。 ホークアイが咄嗟に答えられずにいれば、ハボックは不思議そうにホークアイを見る。それから視線を外して呟いた。 「大総統閣下……どこ……?」 「ッ?!少尉?」 小さく呟かれた声を聞き咎めて、ホークアイは思わずハボックの腕を鷲掴む。乱暴にグイと引かれてハボックは文句も苦痛も口にせず、ただぼんやりとホークアイを見た。 「……行かなきゃ」 「……え?」 「行かなきゃ……ブラッドレイ大総統……」 「ッ?何言ってるの、少尉?!」 ハボックの唇から零れた言葉にギョッとしてホークアイは声を張り上げる。間近からハボックの顔を覗き込むホークアイを気に留めた様子もなくハボックは言った。 「……悦ばせなきゃ……」 「少尉ッ!!」 「悦んで……大総統に……」 「やめなさいッ!!」 ブツブツと呟くハボックの言葉を聞いていられず、ホークアイは叫んで金色の頭を胸に抱き込む。そうすれば、ハボックは口を噤んでただぼんやりと宙を見つめた。 「どうして……無理強いされて、本当に壊れてしまったの……?こんな……こんなこと……ッ」 ホークアイはハボックの体を掻き抱いて低く呻く。ギュッと瞑った眦に涙を滲ませて、ホークアイがギリと歯を食いしばった、その時。 病室の扉が開いてロイが姿を現した。 |
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