| セレスタの涙、オニキスの誓い 第七十章 |
| 「中尉、この書類、不備がある。申請部署に戻してくれ」 ノックをして執務室の扉を開ければ途端にロイの声が飛び出してくる。ホークアイは片手で書類を突き出したまま手元の書類を忙しなくめくるロイの姿に笑みを浮かべた。 「大佐、そろそろ会議の時間です」 「もうそんな時間か?」 ホークアイの言葉にロイは手を止めて壁の時計を見上げる。時計の針が会議が始まるまであと五分程だと告げているのを見て、ロイは眉を顰めた。 「まったく、どうしてこう忙しいんだ。なんでもかんでも私のところへ回してくるな」 ロイは忌々しげにそう言いながら席を立つ。山と積まれた書類を八つ当たり気味に叩いてロイは扉に向かった。 「まったく、これじゃあちっとも病院に行けないではないか」 いざ病院に行こうと思うと書類だ会議だと業務に忙殺されてなかなか思うように時間が作れない。それでもせめて残業はせずに病院に行くようにすれば、結局捌ききれずに翌日に繰り越された仕事で更に忙しくなると言う悪循環にロイは陥っていた。 「今、少しずつ他にも回すようにはしているのですが」 上官の負担を少しでも減らそうと、ホークアイもロイのところへ回される書類やら何やらを他へ回す努力はしている。だが、これまでの慣習をすぐさま変えるというわけにもいかず、結局はロイの処理能力に頼る事になっていた。 「もう少し何とかするようにしてみます」 「頼むよ」 ホークアイが入口で随分と仕事を捌いていてくれているのはロイもよく判っている。ロイは短くそれだけ言うと会議へと向かった。 「大総統閣下」 セントラルからの退屈な列車の旅を終えてイーストシティの駅に降り立てば、青い軍服に身を包んだ一団に迎えられてブラッドレイは鷹揚に頷く。改札を出て駅前に用意された迎えの車に乗り込むと、車は慎重にゆっくりと走り出した。 「……くくッ」 後部座席のシートにゆったりと腰掛けていたブラッドレイの唇から面白がるような笑い声が漏れる。運転手が何事かと問うようにミラー越しの視線を向けてくるのに軽く手を振って去なすと、ブラッドレイは窓の外へ目を向けた。 (そう言えば前回来たときも楽しませて貰ったのだったな) ブラッドレイは以前来たときの事を思い起こしてそう思う。ブラッドレイの言葉に怒りを募らせるロイと翻弄されるハボックと、二人の表情や反応を思い出せば楽しくて仕方なかった。 (精神を病んだと言っていたが……今度はどうやって楽しませて貰おうか) 己の退屈を紛らわせる玩具を手にするのを待ち構える権力者を乗せて、車は東方司令部へと走っていった。 「では、次の案件についてですが────」 進行役の事務官の言葉にガサガサと書類を繰る音が会議室に響く。同じように書類をめくったロイは、まだ配られた書類の半分程しか議題が進んでいないことにうんざりとしたため息をついた。 (まったく効率の悪い。そもそもどうして私がこんな会議に出なくてはならんのだ) くだらない会議に出るくらいならテロリスト共の相手をしていた方がマシな気がする。だが、事件が起きれば病院に行くどころではなくなってしまうのが判っていて、ロイは退屈な会議を何とか乗り切ろうと少しでも尻の座りがいいようにもぞもぞと座り直した。その時、会議室の外でなにやら騒ぐような気配がする。少し待っても納まる気配のないそれに事務官が外へと出て行った。 (なにをしているんだ?さっさと終わらせてくれ) 何か問題が起こって会議が続けられないと言うのなら、切り上げるなりなんなりして欲しい。ロイが苛々と指で机を叩き、部屋に残された出席者たちがざわざわとし始めた時、いきなりガチャリと扉が開いた。扉が開く音に会議室の中にいた出席者たちの目が一斉にそちらへ向く。同じように視線を向けたロイは、扉から入ってきた姿に目を見開いた。 (……え?) 「ブラッドレイ大総統!?」 「大総統閣下!」 突然入ってきたブラッドレイの姿を見て、出席者たちは驚きながらも立ち上がり一斉に敬礼をする。その中でロイは立ち上がれないまま呆然とブラッドレイを見つめた。 「ああ、構わん。そのまま会議を続けてくれたまえ」 ピッと敬礼を投げて寄越す軍人たちを見回してブラッドレイは笑みを浮かべて言う。手振りで座れと合図するブラッドレイに、立ち上がった出席者たちがガタガタと椅子に腰を戻した。 「活発な議論が交わされているのが聞こえたのでね、覗かせて貰った」 何故と問われたブラッドレイがそう答えれば軍人たちが恐縮する。ゆっくりと会議場を見回したブラッドレイは、その視線を目を見開いて見つめてくるロイの上で止めた。 「マスタング大佐、元気そうでなによりだ」 その言葉にロイの体がピクリと震える。ゆっくりと立ち上がりブラッドレイを真っ直ぐに見つめた。 「その後どうだね?彼は活躍しているのかな?」 そう尋ねられてもロイはすぐには答えない。ブラッドレイにもう一度呼ばれて、ロイは漸く口を開いた。 「ありがとうございます、大総統閣下。おかげさまで私以下部下一同健勝にて、日々大総統閣下とアメストリスの為に業務に励んでおります」 そう言うロイの顔は無表情で感情を伺わせない。そんなロイを見て、ブラッドレイは楽しげな笑みを浮かべた。 「それはなによりだ。これからも頼んだよ、マスタング大佐」 ブラッドレイはそう言うと会議室から出て行く。一斉に敬礼して見送る軍人たちの中、ロイは爪が刺さるほど手を握り締めてブラッドレイの背中を見送った。 「くく……ッ」 会議室を出て廊下を歩きながらブラッドレイは笑みを零す。 (まだまだだな、マスタング) そうロイに向かって呟きながら、たった今見たばかりのロイの顔を思い浮かべた。 (感情が剥き出しだ。それほどまでに私が憎いか) 無表情を装うロイの顔の中で、黒曜石の瞳だけが彼の意志を裏切ってブラッドレイへの憎しみを露わにしていた。黒曜石の中で煮え滾る憎しみの焔を間近に見れば、もっともっとその焔を燃え上がらせたくなる。 (これは是非見舞ってやらねば。奴の大事な大事な愛しの部下を) ブラッドレイはクツクツと笑いながら司令室の廊下を歩いていった。 |
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