セレスタの涙、オニキスの誓い  第六十九章


「……中尉?」
「本当に……本当に貴方という人は……ッ!一度死んだ方がいいわッ!」
「うわッ!!」
 言うなりジャキッと銃を向けられて、ロイは反射的に腕を顔の前で交差させる。腕の間からそっと覗き見れば、怒りに肩を上下させて息を弾ませていたホークアイが長いため息をついて構えていた銃を下ろした。
「本当にもう……ッ」
「中尉」
 床に座り込んでホークアイは、片腕で己の顔を覆う。怒りと緊張で弾んでいた息を整えて、ホークアイはゆっくりと立ち上がった。
「大佐がいらっしゃらなかったら私は少尉を撃つつもりでした」
「中尉っ」
「そうならなくて……本当によかった」
 言って見つめてくる鳶色を見つめ返してロイは笑みを浮かべる。
「すまなかった、中尉。逃げたところでこの気持ちが消える訳ではないのにな」
 ロイはそう言いながら腕の中のハボックへと視線を落とす。今起きた騒ぎなどまるで聞こえていないかのように、遠くを見つめたまま大人しく腕に抱かれているハボックの頬をロイはそっと撫でた。
「これからどうすればいいのかまだ判らないが、もう逃げるのはやめるよ。そうでなければこれほどまで必死に立ち向かってくれたコイツに対して不誠実だ」
 ロイは愛しげに頬を撫でながら続ける。
「ありがとう、中尉。時間はかかるかもしれないが、私は必ずハボックを取り戻す」
「大佐」
 ハボックへの愛情と決意を載せて笑みを浮かべる黒曜石に、ホークアイは心の底から安堵したのだった。


「あッ!アアアッ!!」
 ズブズブと組み敷いた躯を一気に貫けば、部屋の中に高い悲鳴が響く。大きく開いた脚の間に凶暴な牡を迎え入れながら腕を伸ばしてしがみついてくる年若い尉官を、激しく犯しながらブラッドレイは醒めた目で見下ろした。
「アアッ!サー……ッ!!」
 ブルリと体を震わせて、ブラッドレイは一際深く抉った奥底に熱を叩きつける。喉を仰け反らせてビクビクと震えた若い躯がゆっくりと弛緩していくのを感じて、ブラッドレイはズルリと楔を引き抜いた。
「サー……」
 最高権力者の精をたっぷりと注ぎ込まれて、尉官は満足げなため息を零す。媚びるような笑みを浮かべて見上げてくる瞳にブラッドレイはあからさまに顔を顰めると、あっさりと身を離した。
「サー?」
 訝しげに呼びかけてくる声に答えず、ブラッドレイはベッドから下り浴室に入る。ふと腹を見下ろせば尉官が吐き出した白濁がべっとりとついているのを見て、ブラッドレイは不快そうに眉を顰めた。
 シャワーを浴びて汗と精液を洗い流したブラッドレイは、バスローブを身につけて浴室を出る。そうすれば汚れた躯もそのままに犯した相手がベッドに座っている姿が目に飛び込んできた。
「サー」
 ブラッドレイの顔を見て、尉官はどこか自慢げで媚びた笑みを浮かべる。権力者の寵愛を得ていると勘違いしている尉官を冷たい瞳で見つめて、ブラッドレイは言った。
「いつまでそこにいるつもりだね?用が済んだらさっさと出て行きたまえ」
「えっ?で、ですが────」
 冷たい言葉にたった今までベッドの上で絡み合っていた青年が驚いて目を剥く。だが、ジロリと冷たい目で睨め付けられれば、ベッドから飛び降り脱ぎ散らかした服をかき集めると慌てて部屋から出ていった。
「…………つまらん」
 ブラッドレイは窓辺に置かれた大きな椅子にドサリと腰を下ろして呟く。閉めてあった分厚いカーテンを引けば、射し込んできた明るい陽光に、ブラッドレイは隻眼を細めて空を見上げた。晴れ渡った空を見ればふとかつて玩具にしていた青年の顔が浮かぶ。
「そう言えばその後話を聞かんな」
 新兵の身で射撃大会三位という華々しい成績を残したハボックは、その後どこで何をしているのだろう。念願叶ってロイのところへ行ったのなら、射撃大会の成績優秀者が焔の錬金術師のところへ行ったくらいの話は聞こえてきそうだ。
「それともあのプライドばかり高い若造に捨てられたか」
 それはそれで面白そうな事になっていそうだ。
 退屈した権力者は手を伸ばして受話器を取ると、秘書官にハボックの行方を調べさせるべくダイヤルを回した。


 司令部に戻って急ぎの仕事を片づけたロイは、夕刻再びハボックの病室を訪れた。射し込む夕日にオレンジに染まった部屋のベッドで静かに宙を見据えているハボックを見れば、いつかの光景が脳裏にフラッシュバックする。ハボックの体を押さえつけその首を絞める己の姿が思い出されて、ロイはその光景を振り払おうとするように緩く首を振った。
「ハボック」
 声をかけて病室に入っても、ハボックが振り向くことはない。そのガラスのようになんの表情も映し出さない空色をロイは正面からじっと見つめた。
「ハボック……」
 愛しげに名前を呼んで、ロイは夕日を弾いて光る金髪を撫でる。ベッドに腰掛けハボックの肩を抱くと、ハボックの手を指を絡めて握った。
「ハボック」
 そうして太陽がゆっくりと沈んで病室が夜の闇に包まれるまで、ロイは静かにハボックに寄り添っていた。


「休職?」
「はい。ハボック少尉は訓練期間終了後、アエルゴ戦線に派遣されました。その後、イーストシティに戻って現在は軍病院に入院して治療中だそうです」
 司令部に戻ったブラッドレイに秘書官がそう説明する。
「戦闘で怪我を?」
 アエルゴ戦線は激戦地だ。幾ら射撃大会で優秀な成績を修めたと言っても所詮は経験の浅い新兵だ。怪我をして戻ってきたのだろうかと尋ねるブラッドレイに秘書官の女性が答えた。
「病院に問い合わせましたところ身体的な怪我ということではないようです。どうも精神を病んでしまったらしく────」
 秘書官は軍病院の担当医に問い合わせて得た情報を事細かに説明する。それを聞いていたブラッドレイの唇がゆっくりと弧を描き楽しげな笑みを浮かべた。
「イーストシティに行く。列車の手配を」
 ブラッドレイはそう言ってゆっくりと立ち上がる。
「私の為に色々と尽くしてくれた男だ。ひとつ見舞ってやろう」
 そう言ってブラッドレイは窓辺に歩み寄ると、面白がるように空を見上げた。


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