| セレスタの涙、オニキスの誓い 第六十三章 |
| ガタンガタンと線路の継ぎ目ごとに揺れる列車に身を任せて、ロイは堅い座席に背を預ける。腕の中、ブランケットに包まれた顔を覗き込んで、ロイはホッとため息を零した。 探して探して漸く見つけだしたハボックは、今まさに敵に撃ち抜かれようとする寸前だった。燃え上がる焔の龍で敵を薙ぎ倒したものの、戦場の真っ直中飛び交う砲弾からハボックを護るため、ロイは続けざまに焔を放つしかなかった。それでも吹き荒れる爆風からは護りきれず、吹き飛ばされる長身をロイは必死に受け止めた。錬金術の力も借りて何とか庇い通したハボックを、ロイはどうにかこうにかベースまで連れ戻す事に成功した。 制止を振り切って戦場に飛び出していったロイがハボックだけをその腕に抱き抱えて戻ってきた時、ディクソン達はまるで信じられないものを見るようにロイを見た。彼らの目はハボックが所属していた部隊をどうしたのだと、まさか見捨ててきたのかと問いかけていたが、ロイはその問いかけには一切答えずそのままハボックを連れてアエルゴを後にした。イーストシティから単身ハボックを連れ戻しにやってきて、戦場から助け出しそのまま連れ帰ってしまったロイの行為はいずれ噂になるかもしれない。くだらぬ尾鰭がついてロイの将来に支障を来すかもしれなかったが、そんな事今のロイにはもうどうでもよいことだった。 ロイはブランケットの隙間から覗くハボックの顔をじっと見つめる。爆風に吹き飛ばされたハボックは、信じられないほどダメージを受けていなかった。部隊に所属する軍医の診察でも大きな怪我は見つからずロイをホッとさせた。 「ハボック……」 ロイは眠り続けるハボックを愛しげに呼ぶ。腕の中の体は温かくハボックが確かに生きていることを伝えていて、ロイは泣きそうに顔を歪めた。 「よかった……ッ」 これで漸くハボックをこの手に取り戻せたのだ。多少の誤解はあるようだが、それはハボックが目覚めたらきちんと話をすればいい。とにかくも自分はハボックを取り戻すことが出来た。ハボックが目覚めたらこれまで己がハボックに対してぶつけた酷い言葉や態度を詫び、どれほど彼を愛しているのかを告げればいい。そうして遠回りはしたもののこれからはハボックと一緒に高みを目指していけるのだ。 「愛している、ハボック……」 ロイはハボックに伝えるその時を想い描きながら呟くと、その唇にそっと口づけた。 「大佐ッ!」 イーストシティの駅に降り立てば、泣き出しそうに顔を歪めたブレダが出迎えてくれる。 「よかった、ハボック!本当によかったッ!!」 友人の無事を心底喜ぶブレダに頷いて、ロイはハボックを抱えて車に乗り込むと言った。 「軍病院へ回してくれ。向こうで軍医の診察を受けたがきちんと検査しておきたい」 「判りました」 ロイの言葉に頷いて、ブレダはアクセルを踏み込む。 「ハボック、眠ってるんですか?」 「ああ、助け出した時からずっと。……私のせいで辛い目に遭わせてしまった、きっと身も心も疲れきっているんだ」 「大佐」 そう呟くロイの言葉に滲む後悔と愛情を感じ取って、ブレダはミラー越しロイを見つめた。 「もう、大丈夫ですよ。ハボックは帰ってきたんですから。大佐や俺たちが支えてやれば、きっとハボックは大丈夫です」 「……ああ、そうだな」 ブレダの言葉に頷いて、ロイはハボックを愛しげに抱き締めた。 「大佐、こちらの書類にサインをお願いします」 執務室に入ってきたホークアイが言って差し出す書類を、ロイは受け取り目を通す。その内容に問題がないことを確認して、ロイはサインを認めホークアイに戻した。 「ハボック少尉の容態はいかがですか?」 ホークアイは受け取った書類をファイルに挟むと尋ねる。その途端、ロイの顔が曇るのを見れば返ってくる答えの想像がついて、ロイが口を開くより先にホークアイは言った。 「よくないんですね?」 「……目を覚まさないんだ」 ホークアイの言葉に頷いてロイはため息混じりに答える。あの日、ハボックを連れ帰ったその足で軍病院へとハボックを連れていき軍医の診察を受けた。結果、大きな異常も怪我もなく、時間がたてば直ハボックは目覚めるものと思われた。だが。 アエルゴから戻って一週間経ってもハボックは目を覚まさなかった。ただベッドの上で昏々と眠り続けるハボックを、ロイは胸が潰れそうな思いで見つめていた。目が覚めたら伝えたいことは山ほどあるのにハボックは眠り続けるばかりだ。 「医者にもよく判らないらしい。肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けた体が休息を欲しているのだろうから、今はただ待つしかないと」 「そうですか……」 机に肘をついた手を組んで、疲れきったように額を寄せるロイを見下ろして、ホークアイは眉を寄せる。どう言葉をかけようとその場凌ぎの慰めにしかならない事は判りきっていて、それでも何か言うべきかとホークアイにしては珍しく迷って口を開けずにいれば、目の前の電話がリンと音を立てた。 「────私だ」 一瞬の逡巡の後、ロイは受話器を取り上げる。そうすれば外回りの仕事の合間に軍病院へ寄ると言っていたブレダの声が聞こえた。 『大佐、ハボックが目を覚ましました』 「ッ、本当かッ?!」 聞こえた声にロイは顔を輝かせる。問いかけてくる鳶色に笑顔で頷くロイの耳に、困惑したようなブレダの声が聞こえた。 『でも、なんだか様子が変なんです』 「変?どう言うことだ?」 『それが、その……』 何とか言葉を探そうとしているのだろう、言いあぐねるブレダにロイは苛々として言う。 「ああ、いい。すぐそっちに行く。ともかく目が覚めたんだろう?だったら何も問題などあるものか」 ロイはそう言うとブレダの返事を待たずに受話器を置くと椅子を蹴立てるようにして立ち上がった。 「ハボックが目を覚ました。病院に行ってくる」 「大佐?変と言うのは、何かあったんですか?」 「判らん。だがとにかく目を覚ましたんだ。もう心配することなどなにもない!」 ロイはそう叫んで執務室を飛び出していく。 「ハボックが目を覚ました……ッ、やっと、やっとこれで────」 ハボックにこれまでのことを詫びて、そうして想いを伝えよう。すぐには無理でも思いの丈を込めて伝えればきっと判ってくれるに違いない。判ってもらえるまで何度でも伝えればいいし、その時間はたっぷりある。 「ハボック……ハボック……ッ!」 ロイはハボックへの想いで張り裂けそうな胸を抱えて、司令部を飛び出していった。 |
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