| セレスタの涙、オニキスの誓い 第六十一章 |
| 銃声と怒声が響きわたる戦場を、ロイはただ一人の姿を探して駆けていく。幾ら目を凝らして探しても一向に求める姿を見つけられずにいれば、焦りが募っていくばかりだっった。 「ハボック!どこだ、どこにいるッ!」 答えを返してくれるか判らずとも、声を張り上げ呼ばずにはいられない。その時目の前に現れた敵を、ロイは擦り合わせた指先から迸った焔で薙ぎ倒した。 「その手袋……発火布?それじゃあ」 すぐ近くで驚きの声が上がってロイは視線を声がした方へ向ける。そうすれば、泥と硝煙に塗れたアメストリスの兵士達が、安堵に顔を歪めてロイを見ていた。 「焔の錬金術師っ、ロイ・マスタング大佐!」 「なんだって?まさかマスタング大佐が加勢にきてくれたのかっ?」 よかった、これで一気に攻勢に持っていけるとあちこちから歓声が上がる。その声に一瞬目を見開いて、だがロイはギュッと発火布を填めた手を握り締めて言った。 「悪いが私は貴官らの加勢の為にここへ来たのではない。私の事は当てにせず、貴官等はこれまで通り上官の命令に従って作戦に当たってくれ」 低いがよく通る声でそう告げれば周りの兵士達が一瞬ポカンとする。だが、ロイが彼らを置いて歩き出すのを見て、慌てて声を上げた。 「ま、待ってください、マスタング大佐!」 「加勢の為じゃないって……俺らを見捨てるんですかッ?」 待ってくれと縋る手を振りきってロイは兵士達に背を向け走り出す。背後で爆音が響いてパラパラと砂が降ってきたが、ロイは構わず走り続けた。 彼らは自分を恨むだろうか。ロイは走りながらふと思う。遠く故郷を離れ敵を目と鼻の先に見据えた最前線で、敵を押し留め追いやるために己の命をかける彼らを、自分は実に自分勝手で利己的な理由で置き去りにしているのだ。ほんの少しこの地に留まり、同じ青い軍服に身を包む彼らのために我々の故郷を守ろうと奮闘する彼らのために、この発火布を使う事をどうして自分はしようとしないのか。ロイが作戦に加われば無駄に失われる命を少しでも減らせるかもしれないのに。だが。 (その間にハボックに何かあったら?) (見知らぬ兵士を助けるためにハボックの命が失われるようなことがあったら?) そう考えただけでロイの背を冷たい汗が流れる。もしそうなったら、きっと自分は助けた兵士達を一人残らず燃やしてしまうに違いなかった。それになにより今はハボックを見つけだし、この戦場から無事連れ出す以外の事は考えられなかったしする気もなかった。 (恨むなら恨んでくれ。だが、私はハボックを、ハボックだけを助け出したい。この手に取り戻したいんだ) 反吐が出るほど身勝手な想いに、ロイは己を嘲笑いながら先へと進んでいく。吹き付ける風に目を庇って腕を上げたロイは、数メートル先に転がる軍服を見つけてギクリと体を強張らせた。上げた腕の下から見えたそれは、金色の髪を吹き付ける風に靡かせて横たわっていた。ロイは腕を下ろすとゆっくりと物言わぬ体に近づいていく。すぐ側まで来るとほんの少し躊躇ってから恐る恐る手を伸ばした。砂埃に塗れた青い布地に手をかけると肩を掴んでグイと返す。俯せに倒れた顔が露わになったその瞬間、ロイは大きく目を見開いた。 「────違う」 薄く目を開いたまま事切れたその顔はハボックのものではなかった。そうと判った瞬間、ロイの唇から大量の息が吐き出されドッと汗が吹き出る。いつの間にか息を止めていたらしい体は酸素を欲して、ロイはハアハアと荒い息をつきながらよろよろと後ずさった。 「ハボック……」 今この瞬間にもハボックの身に危険が迫っているかもしれない。この誰とも判らぬ兵士のように、地べたに倒れようとしているかもしれない。 そう思えばロイの心臓が冷たい手で握られたように竦み上がる。ロイは兵士の遺体から半ば無理矢理目を逸らすと正面を見据えた。そうしてゆっくりと歩き出す。一歩、また一歩と歩くうち歩調はだんだんと早くなり、ロイは辺りを見回しながら小走りに進んでいった。 「ハボック!頼む……頼む、無事でいてくれッ」 ロイは縋るようにそう呟きながら走っていく。ドオンッ!と大きな地響きと共にすぐ近くに砲弾が落ちて、バラバラと降り注ぐ瓦礫から腕で頭を庇うロイの目に、たった今その命を体から無理矢理もぎ取られた兵士たちの姿が映った。 「ああ……」 かつて見慣れたはずのその光景。戦場にあればそんな光景にも感情を切り離して向かえる自信があった、だが。 もしかしたら地面に斃れ伏す者達の中にハボックがいるかもと思うだけで、そんな自信は瞬く間に崩れさっていく。ロイは小刻みに震える体を止めようと、発火布を填めた手を握り締め歯を食いしばった。 「ハボック……ッ」 そうして食いしばった歯の間から呻くように求める相手の名が零れる。 「ハボックッ!!答えろッ!!答えてくれッ!!ハボックッッ!!」 ロイは声を振り絞ってハボックを呼びながら戦場を駆け続けた。 |
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