| セレスタの涙、オニキスの誓い 第六章 |
| 「見慣れない顔だな。明日の射撃大会に備えているのか?」 カッカッと靴音を響かせてブラッドレイはハボックに近づいてくる。ポカンとしてその顔を見ていたハボックは次の瞬間ハッとして手にしていた銃を置いて敬礼した。 「そうでありますっ、サー!」 (どっ、どうしてこんなところにっ?!) ブラッドレイが射撃大会を見に来るであろう事は聞いていた。それにここはセントラルで言わばブラッドレイのお膝元だ。どこにブラッドレイがいても不思議ではなかったが、それでもこんな射撃訓練場にたった一人で現れるとは思えなかった。 「所属と名前は?」 ブラッドレイはハボックの側まで来ると、台の上に置かれたハボックの銃を取る。裏に返し、表に戻して銃を眺めるブラッドレイを目の端で捉えながらハボックは答えた。 「東方司令部ブラウン中隊所属、ジャン・ハボック少尉であります!」 直立不動の体勢で答えて、ハボックは次のブラッドレイの言葉を待つ。だが、ブラッドレイは“新兵か”と呟いたきり手にした銃を右に左にと持ちかえて弄んでいた。 (やば……セーフティー入れてねぇ) 慌てて銃を置いたのでセーフティーを入れるのを忘れていた。下手にトリガーに触れれば弾が発射される恐れがある。自分に当たる分には自業自得だが、万一ブラッドレイに当たりでもしたら大変な事になりかねない。 「サー、あの……っ」 自分から大総統に話しかけるなどとても考えられる事ではなかったが、事が事だ。ハボックはブラッドレイの方へ体を向けると口を開いた。 「セーフティー、入れてません。だから」 返してくださいともごもごと呟いてハボックは恐る恐る手を差し出す。ハボックの言葉に片方だけの目を軽く見開いたブラッドレイは銃身の方を持ち、ハボックに銃を渡すかに見えた。だが。 「ッ?!」 ハボックが銃を受け取るより早くブラッドレイは銃を持ち直しハボックに銃口を向ける。ピタリと眉間に向けられた銃をハボックは目を見開いて見つめた。 「セーフティーを入れてない銃を返せと言われて返せると思うかね?少尉」 「オレはサーに銃を向ける気なんてありませんッ!」 反射的に言い返してしまってから、ハボックはハッとして手のひらで口元を押さえる。ブラッドレイの言うことはもっともで、ハボックは手を下ろすと背筋を伸ばしてブラッドレイに言った。 「失礼しました、サー!オレ……ッ」 (やばい、どうしよう……ッ) 隻眼とは思えぬ鋭い視線に晒されて、ハボックはギュッと目を瞑る。もしかしたらこのまま撃たれてしまうかもと両脇に下ろした手のひらを握り締めた時、ポンポンと肩を叩かれた。 「試すような事を言って驚かせた。すまなかったな」 「ッ?サー」 さっきまでの鋭い視線が嘘のようににっこりと笑う男をハボックは呆然として見つめる。まん丸に見開く空色をじっと見つめて、ブラッドレイはハボックに銃を差し出した。 「撃って見せてくれ、少尉」 「え……?あっ、はいっ」 ハッとしてハボックはブラッドレイから銃を受け取る。マガジンを確認し銃を構えると的に向かってトリガーを引いた。ガウンガウンと射撃場に銃声が響く。全弾を撃ち尽くすと銃を下ろし伺うようにブラッドレイを見た。 「うむ。見事な腕前だ」 弾痕が的の中央に重なりあうようにして残るのを見て、ブラッドレイが満足そうに頷く。 「どうだね?訓練期間を終えたら私のところへ来ないか?」 「は?」 突然のことにハボックはポカンとした。だが、次の瞬間には笑みを浮かべて答える。 「ありがとうございます、サー。新兵のオレを奮起させる為とはいえ勿体無いお言葉、感謝します」 笑みを浮かべてピッと敬礼を寄越す若い士官をブラッドレイは目を見開いて見つめる。彼の綺麗な空色を食い入るように見つめたと思うと、ニッと唇を引いて笑みを形作った。 「訓練期間を終えたら配属先の希望をだすのだろう?もう考えているのかね?」 「はい、一応」 「聞いても構わんかね?それとも秘密かな?」 「秘密だなんて」 ハボックは揶揄するような言い方に困ったように眉を寄せる。それから少し顔を赤らめて答えた。 「出来ればマスタング大佐のところにと、思ってます」 「ほう、焔の錬金術師か」 ブラッドレイは言いながら黒髪に黒い瞳の錬金術師の姿を思い浮かべる。物怖じすることなく、己に対しても射抜くような鋭い視線を向けてきた事を思い出して、目を細めた。 「知り合いなのかな?」 新兵のハボックとマスタングとでは接点はないように思えたがそう尋ねてみる。そうすればハボックが笑みを深くして言った。 「オレが士官学校にいた頃、マスタング大佐が講演をするために学校に来られたんス。その時、偶然話す機会があって……とても、尊敬してます」 「ほう」 マスタングの事を口にするハボックの瞳に恋慕の情が浮かぶのを、ブラッドレイはじっと見つめる。そのことに気づかず、ハボックは照れくさそうに笑って続けた。 「だから、この大会で少しでもいい成績を残して、将来マスタング大佐のところで使って貰えるようにアピール出来たらと思ってます」 「なるほど」 ブラッドレイはハボックの言葉に頷くと、その肩をポンポンと叩いた。 「優秀な指揮官の下に優秀な兵士が集まるのは頼もしい。期待しているぞ、少尉。存分に力を発揮したまえ」 「ッ、ありがとうございます、サー!」 ブラッドレイの言葉にハボックは顔を輝かせて敬礼する。それに頷いたブラッドレイは 「はああああ」 その背が見えなくなった途端、ハボックはヘナヘナと座り込む。ドキドキと大きな音を立てている胸を片手で押さえ込んで大きなため息をついた。 「きっ、緊張したッ」 まさかこんなところでブラッドレイに会うとは思ってもみなかった。 「意外と気さくな人なんだ」 新兵の自分にも気軽に話しかけてくれるなんてと、ハボックは嬉しそうに笑う。 「よし、明日は頑張るぞっ」 ハボックはそう言って立ち上がると、的に向かって銃を構えた。 「ジャン・ハボック少尉ねぇ……」 ブラッドレイはそう呟きながら廊下をゆっくりと歩いていく。たった今会ったばかりの青年の姿を脳裏に思い描いた。嬉しそうに夢を語る若い士官は少年の域を漸く抜け出たところで、初々しく穢れなどとは全く無縁と思えた。 「ふふ……楽しくなりそうだ」 マスタングへの恋慕を浮かべた空色の瞳。あまりに綺麗で純粋で、見る者に滅茶苦茶に汚してやりたくなる欲望を抱かせる。 ブラッドレイはハボックに見せていたのとは全く違う種類の笑みを浮かべて、窓越しに広がる彼の瞳と同じ色の空を見上げた。 |
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