セレスタの涙、オニキスの誓い  第五章


「ひゃあ、ここが中央司令部かぁ」
 長いこと列車に揺られて漸く着いた司令部の建物を見上げて、サイモンがため息混じりに言う。一緒にやってきたもう一人の新兵、グラントもため息をついた。
「なんか帰りたくなってきた」
 そんな事を言いながら司令部の建物を見上げている二人に並んで、ハボックも大きな建物を見上げる。ギュッと手を握り締めると二人の背をバンバンと叩いた。
「なに言ってんだよ、最初からそんなでどうすんだ。ほら、行くぞ」
「あ、おい!ハボック!」
 さっさと歩き出すハボックを追って二人も司令部の入口をくぐる。受付の女性職員にここへきた理由を告げれば担当の部署を教えてくれた。
「やっぱでけぇなぁ」
 担当者の部署へと廊下を歩いていれば、サイモンが辺りを見回しながら呟く。あんまりきょろきょろするのはみっともないと思いながらも視線をさまよわせるのをやめることが出来ないまま、三人は今回の射撃大会の窓口になっている部署へとたどり着いた。
「あの」
 三人で顔を見合わせて、結局一番前にいたハボックが入口近くの事務官の女性に声をかける。どことなく緊張した様子の三人に笑って、女性は書類をめくった。
「グラント少尉、ハボック少尉、サイモン少尉。では、こちらの書類に記入をお願いします。それから、これが明日の射撃大会の予定表になります。ホテルにはもうチェックインされました?」
「や、駅から直接こっち来たんで」
 受け取った書類に記入しながらハボックが答える。そうすれば女性は頷いて言った。
「明日の大会までは自由に過ごして頂いて構いません。射撃訓練場をお使い頂くのも自由です。詳しいことは今お渡しした書類に書いてありますので、それをご覧になってください」
 何かご質問はありますか?と言われ、三人は顔を見合わせる。結局またハボックが代表して口を開いた。
「マドラス中佐とお会いしたいんですが。どちらへ伺えばいいでしょう」
 マドラスは今回の射撃大会の運営事務局を担当しており、イーストシティでハボック達の指導をしているブラウンの同期でもあった。
「マドラス中佐でしたら、今の時間は射撃訓練場にいらっしゃるはずです」
「ありがとう」
 サッと調べて教えてくれた女性に礼を言って、ハボック達は射撃場へと向かう。広い司令部の中、何度か場所を確認して射撃場にたどり着いた三人は、ちょうど明日の打ち合わせをしているマドラスを見つけて声をかけた。
「おお、お前らか、ブラウンが寄越した期待の新人は!」
 マドラスは大きな声でそう言って笑みを浮かべる。緊張した様子の三人の肩を、大きな手でバンバンと叩いて言った。
「今年の大会は激戦だぞ。例年以上に腕自慢が集まっているからな」
「じゃあ、俺達なんか太刀打ち出来ないですね」
 判ってはいたけど、と首を竦めるサイモンの胸を指先でグイと押してマドラスは笑った。
「なに言ってる、新人の利点はな、なりふり構わずやったところで誰にも笑われんと言うことだ。一番ぺーぺーなんだ、ミスったところで“よくやった”と言って貰える。周り何ぞ気にせず持てる力を存分に発揮しろ。今回の大会はお前達にとっていい経験になる。せっかくブラウンが出してくれたんだ。何かしら掴んで帰れ、いいな」
「「イエッサー!」」
 思いがけないマドラスの言葉に三人はピッと背筋を伸ばして敬礼を返す。その後調子を整える為にと射撃の訓練に汗を流した。


「まだやってくのか?ハボック」
「うん、もう少しだけ。悪いけど先行ってて」
 宿泊先のホテルへ行くという二人にハボックは言う。じゃあな、と二人が行ってしまうと広い射撃場の中にはハボック一人きりになった。ハボックは新しく弾を込めると的に向かって銃を構える。ガンガンガンッと全弾一気に打ち尽くすとマガジンを抜き新しいものと入れ替え、また全弾撃ち尽くすを繰り返した。
「なんか幾らやっても落ち着かねぇ……」
 やればやるだけかえって焦りが生まれてくるような気がする。新兵である自分達には誰も期待などしていないのだから別に気負う必要もなかったが、それでもあまりにみっともない成績を残すのは嫌だった。
「大佐……」
 ハボックはそう呟いてそっと唇に触れる。そうすればロイと交わしたキスが思い浮かんでハボックはそっとため息をついた。
「なんて……言ってたっけ」
 夢中で交わしたキスの後、半ばボーッとしながらロイの腕の中で言葉を聞いた。
『続きはお前が大会で自分のやるべきことを全部出し切ってきてからだ』
 確かそんな事をハボックの耳元に囁いたロイが、耳朶を甘く噛んだ感触を思い出してハボックは耳を押さえる。
「頑張るから、オレ……」
 そう呟いてハボックが更に的へ弾丸を撃ち込んだ時。
「精が出るな、明日の出場者か?」
 不意に入口の方からそう言う声が聞こえて、ハボックはハッとして構えていた銃を下ろす。入口に目を向ければ、初めて見るのによく見知った男が立っていた。
「ブラッドレイ大総統……」
 突然の出来事に敬礼をするのも忘れてポカンとしてハボックはブラッドレイを見つめる。まん丸に見開かれた視線を受け止めて、ブラッドレイはゆっくりとハボックへと近づいてきた。


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