セレスタの涙、オニキスの誓い  第四章


「新兵担当のブラウン中佐に話を聞いたんだがな、三人行く小銃部門の新兵の中でお前に一番期待していると言ってたぞ」
 丁度店員が運んできたグラスに口を付けながらロイが言う。手についたスペアリブの肉汁をペロリと舐めてハボックが答えた。
「ホントっスか?大佐が聞きに行ったから気を使って言ったんじゃねぇの?」
「私からお前の名前を出してはいないよ」
 ロイは単に今年の新兵の出来はどうかと聞きにいっただけだ。会話の中でセントラルでの射撃大会に参加させる新兵の事を口にしたのはブラウンの方からだった。
「今年は射撃の成績がいいのが何人かいるから大会に出そうと思っているが、その中でも特に有望なのがお前だと言ってたんだ」
「うっそ、あのブラウン中佐が?」
 ブラウンは新兵担当の教官の中でもかなり厳しい事で有名だ。彼が担当する訓練においては新兵達も些細なミスも犯さないよう相当緊張しているのが常だった。
「奴があそこまで言うんだから、上位を狙うのもあながち夢ではないかもしれんぞ。リラックスして頑張れ」
 そんな風言われれば、かえって緊張してしまいそうだ。ハボックはボリボリと頬を掻いて言った。
「あんまりプレッシャーかけないで下さいよ。あー、なんかめちゃくちゃ外しそうな気がしてきたっス」
「おいおい」
 やべぇと喚くハボックにロイが笑う。肉汁がついた指で触れたからだろう、ハボックの頬にスペアリブの肉汁がついていることに気づいて、ロイは手を伸ばした。
「ついてるぞ」
「あ」
 ロイは指先で拭き取った肉汁をペロリと舐めてしまう。そんな行為がなんだか恥ずかしくて、ハボックは顔を赤らめた。
「やだな、ガキじゃあるまいし」
「ほっぺたにそんな風につけてたらな」
 仕方ないんじゃないか?とからかうようにニヤニヤと笑うロイにハボックが思い切り鼻に皺を寄せる。益々子供っぽい表情をしてみせるハボックに笑って、ロイは言った。
「だが、冗談抜きで期待してるぞ、ハボック」
「大佐」
 笑顔を浮かべて言うロイにハボックは背筋を伸ばす。
「オレ、アンタに恥ずかしくないよう、今の自分が出来る最高のもんを出してくるつもりっス。ここで少しでもいい成績残せたら、将来大佐の護衛官として選ばれる理由にもなるっしょ?」
「ハボック」
 そんなものなどなくてもロイはハボックの研修期間が終われば手元に引き取るつもりだ。だが、ハボックにしてみれば天下の焔の錬金術師、東方司令部の要職を務めるロイの背中を守るものとして、周りから認めて貰える実績が欲しいのが事実だった。
「あんまり気負うなよ。実力の半分も出せなくなるぞ」
「判ってます。でも、頑張りますよ、オレ!」
 ニッと笑ってグラスを差し出すハボックに、ロイも笑ってグラスを合わせた。


 たっぷりと食べて飲んで、二人は店を後にするとだいぶ夜も更けた通りを歩いていく。イーストシティの中心部を流れる川に架かる橋を渡った二人は、酔いを醒ます為に川沿いの遊歩道へと足を向けた。
「風が冷たくて気持ちいい」
 ハボックは腕を突き上げて伸びをしながら言う。上着を脱いで薄いシャツ一枚になっているハボックに苦笑してロイが言った。
「風邪をひくなよ」
「大丈夫っスよ」
 そう答えながらもハボックは大人しく上着を羽織る。羽織っただけで前を開けたままでいるのを見て、ロイは手を伸ばした。
「まったく……まだ子供だな」
「はあっ?オレのどこが?」
「そうやってムキになるところが」
 そう言われてムゥと唇を突き出すハボックに笑ってロイはボタンを留めてやる。全部留めてポンとハボックの胸を手の甲で叩いて言った。
「明日からはちょっと忙しいんだ。出発前には会えないと思うがしっかりな」
「はいっ、頑張りますッ!……とはいえ、やっぱちょっと心配かも」
 ピッと背筋を伸ばして言ったかと思うとフニャと背を丸めるハボックに、ロイは笑みを浮かべる。ハボック、と呼んで見つめてくる空色をじっと見つめ返せば、不意に浮かんできた衝動にロイは囁いた。
「おまじない、してやろうか?」
「おまじない?」
「ああ、緊張も心配も吹き飛んで実力を最大限に出せるおまじない」
 街灯が少ない遊歩道の中、ロイの黒曜石がキラリと輝く。その輝きに引き寄せられるように、ハボックは小さく頷いた。
「して、欲しいっス。おまじない」
 小さな声で囁けばロイが目を細める。近づいてくる端正な顔に反射的に目を閉じたハボックは、次の瞬間唇に触れてきた感触にビクリと震えた。思わず唇を薄く開けばすぐさま酒精をまとった舌が口内に忍び入ってくる。グイと後頭部を引き寄せられて深く唇が重なり、きつく舌を絡めとられた。
「ん……っ、ふ……」
 熱い口内を弄りあいピチャピチャと舌を絡めあう。長い口づけの後漸く唇を離せば、どちらともなく甘いため息が零れた。
「効いたか?おまじない」
 そう尋ねられてハボックは紅い顔で小さく首を振った。
「まだ足りないみたいっス」
 答えて目を閉じればロイが微かに笑う気配がする。再び唇を寄せてくるロイの背に腕を回して、ハボックは自分から口づけていった。


「よし、お前達、しっかりやってこい」
「「イエッサー!!」」
 ブラウンの激励に答えてハボック達が一斉に敬礼を返す。それにブラウンが頷けば、ハボック達は手荷物を持ってセントラルに向かう列車に乗り込んだ。荷物を網棚に載せシートに腰を下ろして少しすると列車がゆっくりと動き出す。後ろに流れていく景色を見つめながらハボックはそっと唇に触れた。
(行ってきます、大佐。オレ、頑張りますから)
 少しでもいい成績を修めて次へのステップに繋げたい。そして一日でも早くロイの為に役に立てるようになりたい。
(見てろ、大総統だって驚かせてやる)
 その意気だと笑うロイの声が聞こえた気がして、ハボックはセントラルへと続く空を見上げた。


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