セレスタの涙、オニキスの誓い  第三章


「撃ち方やめ!!」
 教官が大声を張り上げるのと同時に片手を上げるのが見えて、ハボックは構えていた銃を下ろす。射撃場に並んでそれぞれの的に向かって撃つ訓練をしていた新兵の後ろをゆっくりと歩きながら一人一人声をかけていた教官は、ハボックの後ろでその歩みを止めた。
「ハボック少尉」
「イエッサー!」
 名を呼ばれてハボックは直立不動の体勢を取る。教官はハボックの前の的が、全弾ほぼ的の中央を撃ち抜かれているのを見て笑みを浮かべた。
「素晴らしいぞ、ハボック。見事だ」
「ありがとうございますっ、サー!」
 普段なかなか褒める言葉を口にすることがない教官の賛辞に、ハボックは喜びに顔を赤らめる。教官はハボックの肩をポンポンと叩いた。
「話がある。訓練終了後教官室に来るように」
「アイ、サー!」
 ピッと敬礼を返すハボックに満足そうに頷いて、教官は他の新兵へと足を向ける。
「へへ……やったね」
 その背を見つめながら、ハボックは嬉しそうに呟いた。


「ハボックです、サー」
 訓練を終えてハボックは教官室を訪れる。入室の許可を待って中に入ると射撃担当の教官の前に立った。
「おお、来たか」
 ハボックが来たのを見て、教官が笑みを浮かべる。ハボックの長身を見上げて言った。
「今度セントラルで射撃の大会が行われるのは知っているだろう?あれに新兵の中からも何人か出すよう言われていてな。ハボック、お前、行ってみないか?」
「オレが、ですか?」
 突然の話に目を丸くするハボックに教官が頷く。
「ああ、あんまり貧相な腕前の者を出してもと迷っていたんだが、お前なら大総統の前に出しても恥ずかしくなさそうだ」
「えっ?大総統も来られるんスかっ?」
 競技会に出てみないかと言われただけでも驚きなのに、ブラッドレイも来ると聞いてハボックが飛び上がる。これ以上ないというほどに驚いているハボックに、教官が笑って言った。
「セントラルでの競技会だぞ、当たり前だ」
「そっ、そんなところにオレが出て大丈夫っスか?」
 恐らくアメストリス中の腕自慢が集まるであろう大会に、自分が出ても大丈夫だろうか。そんな不安に駆られて尋ねるハボックに、教官が笑って答えた。
「なに、緊張して的を外しまくったとしても、新兵なら許して貰えるさ。それに、ハボック、お前ならやってくれそうだしな」
「は、はいっ」
「競技会まではまだ少しある。心配なら今以上に訓練に励め。期待してるぞ、ハボック」
「イエッサー!」
 ニコニコと笑って言う教官の言葉を聞いて、ハボックは興奮と感激に顔を真っ赤にして敬礼を返した。


「大佐ッ!!マスタング大佐ッ!!」
 バタバタと廊下を駆けてくる足音にロイは足を止める。ゆっくりと振り向けばハボックが息急ききって走ってくるのが見えて、ロイは笑みを浮かべた。
「大佐ッ」
「どうした、そんなに慌てて」
 ロイのところまで来たはいいが、ハアハアと弾む息に言葉が紡げないでいるハボックにロイはクスリと笑う。それでも落ち着くのを待ってやっていれば、ハボックは深呼吸して何とか口が開けるようになると言った。
「オレっ、射撃大会に出ることになったっス」
「射撃大会?セントラルで開かれるやつか?」
 そう尋ねてくるロイにハボックはコクコクと頷く。まだ整いきらない息を何度も唾を飲み込んで押さえ込んだ。
「今日、射撃訓練の後で教官に呼ばれてっ、……セ、セントラルで行われる大会に、新兵代表で、出ろ、って」
「本当か?凄いじゃないか!」
 ロイは頭半分高いハボックの肩を両手で掴む。
「おめでとう!大したもんだ!」
 我が事のように喜んでくれるロイにハボックも笑った。
「ありがとうございます。大佐に一番に知らせたくて」
 そう言われてロイが僅かに目を見開く。見開いた目を笑みに細めてロイは言った。
「よかったな、新兵で出るなんて凄いぞ、ハボック」
 言えばハボックが照れくさそうに頭を掻く。
「へへ、でもまだまだっスけど。競技会までいっぱい訓練しなくちゃ」
「ああ、頑張れ」
 置いた手で肩を叩けばハボックが頷いた。
「じゃあ、オレ、演習なんで」
 ロイに知らせる為に僅かな時間の中抜けてきたのだろう。そう言って来た時同様走っていこうとするハボックにロイが言った。
「ハボック!明日、時間あるか?飲みに行こう、前祝いだ」
「───はいっ」
 ロイの言葉に振り向いたハボックは嬉しそうに頷くと、今度こそ走っていってしまう。
「流石将来の私の護衛官だ」
 その背を見送ってロイは満足げに呟いたのだった。


「射撃大会?」
「はい、毎年恒例の大会ですが、来週末にセントラルで開催されます。大総統閣下にはご出席お願いいたします。こちらがその案内の書類です」
 新しく秘書官に任命した女性がそう言いながら差し出す書類に目を向けながら、ブラッドレイはめんどくさそうにため息をつく。そんなブラッドレイの様子には気づかぬままスケジュールを告げる秘書官をブラッドレイはジロジロと眺めた。
 今度の秘書官は前任者とは真逆の清楚な美女だ。肌理の細かい白い肌に真っ直ぐな黒髪をした女性はすんなりと長い手足をしていて、昨夜のベッドの中ではその長い手足をブラッドレイの体に絡ませてなかなか離そうとしなかった。
「今年もまた同じようなメンツが出てきて同じような結果になるんじゃないのかね」
 ブラッドレイは机に置かれた書類の端を持ち上げて言う。つまらなそうな物言いに、秘書官の女性は小首を傾げて答えた。
「でも、大会に合わせて腕を磨いて来ているわけですし、それなりに見応えのある大会になるのではないでしょうか」
「それなりに」
 言葉尻を捉えるようなブラッドレイのうんざりした声に、女性は慌てて付け加える。
「それに、新兵からの参加もあるようですし。閣下がご覧になると思えば励みにもなりますでしょうから、志気を高める為にも是非」
 にっこりと魅力的な笑みを浮かべる秘書官をブラッドレイは目を眇めて眺める。
「退屈凌ぎになればいいがな」
 ボソリと呟いてブラッドレイはギシリと椅子に背を預けた。


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