| セレスタの涙、オニキスの誓い 第五十九章 |
| ガタガタと揺れる列車の硬い座席に身を沈めるように座り込んで、ロイは窓辺に頭を寄せる。窓の外はゆっくりと夜の帳が降り始めて、綺麗に晴れ渡っていた空を飲み込んでいこうとしていた。 あの日、マドラスの口から語られた真実はあまりに衝撃的で、俄には信じ難い事だった。だが、その場に居合わせた誰もがマドラスが言っている事は紛れもない真実であるのがはっきりと判っていた。ハボックはロイを護るために己の全てを投げ出した。手にした栄誉も人としての尊厳も、そして己の想いもなにもかも。身も心も傷つけられて、それでも尚硬く口を閉ざし真実をひた隠しにした。そうしてその真実を誰にも語らないまま遠い戦地へと行ってしまった。 マドラスが真実が告げた後、誰もロイを責めはしなかった。執務室を重苦しい空気が支配する中、最初に口を開いたのはやはりマドラスだった。 『私も大概卑怯者です。結局彼の為になにもしようとしなかった。それでいてこうして己の良心の為に真実を告げると言って、ハボック少尉が最後まで隠しとうそうとしたことを口にしている。私に貴方を責める資格はありませんよ、マスタング大佐』 そう言うマドラスをロイが食い入るように見つめれば、マドラスは自嘲めいた笑みを浮かべて見つめ返してきた。 『ですが、マスタング大佐。貴方には貴方にしか出来ないことがある。私たちでは決して出来ない貴方にしか出来ないことが。それが何か、貴方にはよく判っておいででしょう?』 『……どの面下げてハボックを迎えにいけというんだ』 マドラスの言わんとしていることを察して、ロイは低く呻く。じっと見つめてくるマドラスを、ロイは顔を歪めて睨みつけた。 『私がハボックに何を言ったか……ッ、私はアイツに……汚らわしいと……裏切り者と……ッッ!!』 『マスタング大佐』 顔を歪め呻くように己が所業を明かすロイをマドラスは哀れむ瞳で見つめる。ドサリと倒れ込むように椅子に腰を落とすロイに、マドラスは言った。 『貴方の心がまだハボック少尉にあるのなら、どうか彼を迎えに行ってください。きっと今ならまだ間に合う。このまま彼を死なせてしまうことだけは、どうか……どうか────!』 悲痛なまでのマドラスの言葉に、ロイは頭を抱えて蹲った。 そうして今、ロイはアエルゴに向かう列車に一人揺られていた。友人を心配するブレダが同行を求めたし、ホークアイもロイが一人で向かう事に反対したが、ロイはそのどちらが言うことも頑として受け入れなかった。ロイは一人でハボックを連れ戻す事を望み、こうして一人ハボックの元へ向かう時間がロイには必要だった。 窓に寄りかかっていたロイは窓の外が暗くなってきたことに気づいて視線を外へと向けた。そうすればアエルゴへと続く線路の上に星が瞬いているのが見える。暗い夜空に瞬く星の輝きを見れば、かつてハボックと共に見上げた夜空が脳裏に浮かび、それと同時にハボックの声が蘇った。 『あ、流れ星!うわ、願い事、間に合わねぇっ』 夜空を流れる星を見て、そんな子供っぽい事を口にするハボックにロイはクスクスと笑う。本当に残念そうに空を見上げるハボックに何を願うつもりだったのかと尋ねれば、ハボックはうろうろと視線をさまよわせた。 『え?あー、まあ色々と』 『色々となんだ?はっきり言え』 自分に対して隠し事など赦さないとばかりに強い瞳で見つめれば、ハボックは恥ずかしそうにもごもごと答えた。 『大佐の力になれますように……。訓練終えて力付けて、大佐の為に大佐の役に立てますようにって』 わざわざ星に願わずともその実力を持ってすれば容易になせるであろう事を星に願いたいなどと口にするのを聞けば、ロイは呆れるしかない。そう言うロイにハボックは照れたように笑った。 『でもオレ、本当に大佐の為に頑張りたいんスもん』 そんなことを言うハボックが愛しくて堪らず、引き寄せて口づけたいのをこらえて、ロイは手を伸ばすとハボックの髪をクシャリと掻き混ぜる。愛情のこもるロイの手にハボックは擽ったそうに首を竦めて、ロイは何を願うのか尋ねた。 『そうだな、ずっとお前といられるように。ハボック、なにがあっても私から離れるな、どこまでも私についてこい』 『それこそ星に願う必要ないっスよ』 命の限りロイの側でロイの為に力を振るうことが己のたった一つの願いなのだからとハボックが笑う。 『オレ、大佐の為に頑張りますから。もう少しだけ待ってて下さい』 愛情と信頼を込めて見つめてくる空色に、ロイは笑って頷いた。 (私は何故ハボックを最後まで信じてやらなかったんだろう) 流れる星に願いをかけてしまうほど、ハボックはロイの為にと言い続けていた。あれは願いと言うより誓いだったのではないかとロイは思う。ロイを護りロイの為にあり続けると言うハボックの誓い。 (それを聞かされていながら私は) (私こそハボックを誰より必要として側にいて欲しいと願っていながら) 『違うッ、大佐、違うっス!』 真実を語る口を持てないままそれでも違うと否定していた。ロイに「汚らわしい」と罵られた時、ハボックの哀しみは (ハボック、私は) 嫉妬のあまり裏切られたと思いこんだ。傷つけられたと思った己が、実はどれほどにハボックを傷つけていたのかどうして気づく事が出来なかったのだろう。 (ハボック) 怒りと嫉妬で心の奥底に押さえ込まれていたハボックへの想いが、熱い奔流となってロイを飲み込む。 (必ずお前を) (お前をこの手に) (取り戻す) 静かに閉じた瞳をもう一度開いた時、その黒曜石には強い決意が宿っていた。 |
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