| セレスタの涙、オニキスの誓い 第五十八章 |
| 「ブラッドレイ大総統がどこでハボック少尉と会って、どうして彼に目を付けたのか、それは私には判りません。ですが、大総統が貴方を楯にハボック少尉にセックスを強要していたのは事実です」 静かに、だがはっきりとそう告げるマドラスをロイはじっと見つめる。きっぱりと告げる言葉に迷いはなく、だがだからといってその内容はロイにとって俄には信じられないことだった。 「なにを言い出すかと思えば、ブラッドレイが私を楯にハボックにセックスを強要しただと?くだらん。どうせ嘘をつくならもう少しまともな嘘をつきたまえ」 「嘘などではありません!これは紛れもない事実です!そうやって真実から目を逸らして、貴方は卑怯だ、マスタング大佐……ッ」 クッと唇を歪めて言うロイにマドラスは声を張り上げる。どこか必死さの滲むその様に一瞬気圧されそうになったロイは、それを誤魔化すようにムッと顔を歪めてマドラスを睨んだ。 「卑怯だと?貴様、誰に向かってものを言っている?」 「無礼は承知です。ですが今ここで私が嘘を言ってなにになります?私はただ真実を伝えたいだけだ。今更なにをと思われるかもしれない、だが、ハボック少尉が貴方に誤解されたままアエルゴで死ぬようなことになれば……あまりに哀れだ……ッ」 食い縛った歯の間から呻くように言うマドラスにロイは目を見開く。飲まれたように黙り込むロイに、マドラスは言葉を続けた。 「射撃大会が終わって少しした頃、ブラウンからハボック少尉がどうしているのか知らせて欲しいと連絡がありました。正直私はそれまでまだ射撃大会の関係者が残っているなど思ってもみなかった。それも大総統が引き留めているなんて、そんな話今まで聞いたこともない。ブラウンからの連絡で私も不思議に思って何度も大総統の秘書官に問い合わせたのですがちっとも埒があかなくて……」 マドラスはそこまで言って一度言葉を切る。苦しげに襟元を弛め、それから再び口を開いた。 「何度も問い合わせていい加減こちらもしびれを切らした頃、秘書官の女性が私に言ったのです。言葉で説明するより実際見て貰うのが一番だと。そう言った彼女は私にホテルのスイートルームの鍵を渡しました。言われるまま部屋に忍び込んだ私は、……見てしまったんです、大総統に……セックスを強要される少尉の姿を」 低く絞り出すような声で言うマドラスをじっと見つめていたロイは、グッと唇を噛む。それから悪足掻きをするように言った。 「強要されていたとどうして判る?ハボックは自ら望んでブラッドレイに抱かれていたのでないと、どうして言えるんだッ」 「マスタング大佐」 そんなロイをマドラスは哀れむように呼ぶ。そっと目を閉じ、それから真実を突きつける為に真っ直ぐロイを見た。 「大総統が言うのを聞いたからです。『言うことを聞かなければマスタング大佐がどうなるか判らない』とね。そう言われて少尉は泣きながら言うとおりにすると、大総統の好きにしてくれと叫んでいた。大総統はそんな少尉に散々ぱら悍(おぞま)しい行為を……ッ」 「どうしてっ、どうしてやめさせてくれなかったんですかッ?見てたならどうしてハボを助けてやってくれなかったんですかッ?!」 その時、突然上がった非難にマドラスはハッとして声のした方を見る。そうすれば話を聞いていたらしいブレダと、そのブレダを押し留めようとするホークアイの姿が目に入った。 「そうだな、助けてあげられれば、そんな事をするなと言えれば良かったのだろうな。だが、ブレダ少尉。私にはその勇気はなかった。ブラッドレイ大総統は私が潜んでいることを知っていて行為を続けていたのだから」 「な……ッ?」 マドラスの言葉にブレダとホークアイが息を飲む。マドラスは自嘲の笑みを浮かべて言った。 「大総統は私がいることを知っていながら行為を続けていた。恐らく私の口からマスタング大佐にこのことが伝われば面白いとでも思っていたのだろう。だが、私には出来なかった。我が身の保身を謀ったのかと言われたら否定出来ん。マスタング大佐、私は貴方を卑怯と言ったが、卑怯というならそれは私も変わらないでしょう」 マドラスはそう言ってロイに視線を戻す。黒曜石の目を見開いて見つめてくるロイを見つめ返して言った。 「私は我が身が可愛かった。それと同時にハボック少尉の為にも言えないと思った」 「────何故だ?」 ひしゃげた声でロイはマドラスに尋ねる。そうすればマドラスは泣き笑いのように顔を歪めた。 「このことを知れば貴方は黙っていないでしょう?ハボック少尉を貶め傷つけたとブラッドレイ大総統に向かっていくに違いない。そうなればどういう結果になるとしても貴方が傷つく事になる。それは少尉が一番望まないことだから。ハボック少尉の気持ちを思えば口が裂けても言えなかった。少尉を助けてやりたかったがどうすることも出来ないでいるうち、少尉からイーストシティに戻ると告げられた。心底安心したんですよ、私は少尉の為になにもしてやれなかったが、これでもうなにもかも終わる。これ以上少尉が苦しむこともない、とね。でもそうはならなかった」 マドラスは言って微かに頭を振る。 「ハボック少尉がアエルゴに行ったと聞いたときは信じられませんでした。私は少尉は貴方の元で任に着いているとばかり思っていましたから。ああまでして護り通した貴方の元にいるとばかり。だが、そうじゃなかった。────マスタング大佐」 と、マドラスはロイを見つめた。 「ハボック少尉は貴方を裏切ってなどいません。彼は最初から最後まで貴方の為だけにと必死だった。今思えば射撃大会でああまで素晴らしい成績を修められたのさえ貴方の為だったんでしょうなぁ。いつか貴方の背中を護る部下として、この経験が役立つようにと。本当に、本当に素晴らしかったのですよ、彼の腕前は」 そう言うマドラスの言葉を聞きながら、ロイはただ呆然として立ち尽くしていた。 |
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