| セレスタの涙、オニキスの誓い 第五十七章 |
| カチャリと司令室の扉を開けたロイは、途端にこちらに向けられる二対の瞳にムッと眉を寄せる。そのまま何も言わずに執務室へ足を向ければ、ホークアイが言った。 「大佐、セントラルのマドラス中佐がお待ちです」 「────なんだと?」 昨日の不愉快な電話を思い出し、ロイは低く唸る。一瞬このまま司令室から出ていこうかという考えが頭をよぎったが、そうすればまるで逃げ出すように見えるかもと思い、ロイはグッと唇を引き結ぶと執務室の扉に手をかけた。 扉の開く音に薄暗い執務室のソファーに腰掛けていた男がハッと顔を上げる。ロイと目が合うと男は立ち上がりピッと敬礼を寄越した。 「マスタング大佐。セントラルのマドラスです、昨日電話で────」 「わざわざセントラル マドラスの言葉を途中で遮ってロイは言う。部屋を横切り執務机の椅子に腰を下ろすと、マドラスを見もせずに書類に手を伸ばした。 「出ていけ。私は忙しい、下らん話につきあう暇はない」 「朝早くから押し掛ける無礼はお詫びします。ですが、私がしたいのは決して下らない話などではありません」 マドラスは机を挟んでロイの前に立つときっぱりと言う。ロイは手にした書類から視線を上げ、目の前のマドラスを見上げた。 「貴官の話というのはハボックの事か?」 「そうです」 「なら下らん話だ」 「大佐っ」 言って再び書類に目を戻してしまうロイに、マドラスは声を張り上げる。無礼を承知でバンッと机に手をつき、マドラスはロイを見下ろした。 「話を聞いて下さい。貴方は大切な部下を失おうとしてる。こうしている間にもハボック少尉の命は危険に晒されているんです!」 「ハボックが死のうがどうしようが私には関係のない事だ。大切な部下だと?アイツは私を裏切った。どこで野垂れ死のうが知ったことかッ!」 手にした書類を机に叩きつけてロイは怒鳴る。黒曜石の瞳に燃え上がる怒りの焔を息をのんで見つめたマドラスは、そろそろと息を吐き出して一度目を閉じ、それから目を開いてロイを見つめた。 「貴方はそうやってハボック少尉を罵ったんですね?“裏切り者”と」 「そうとも。事実を言ってやったまでだ」 「どうして裏切り者だなんてそんな酷い事を?」 「どうして、だと?」 そう尋ねられてロイは唇を歪めて笑う。見つめてくるマドラスを昏い瞳で見つめ返して、ロイは言った。 「アイツは射撃大会で三位に入賞した。だが、それは大総統にその身を差し出した結果だ。アイツは大総統に抱かれて三位入賞という栄誉を買ったんだッ!」 ロイは声を張り上げると同時に椅子を蹴って立ち上がる。マドラスの顔を間近に見据えて言葉を続けた。 「最初にハボックが素晴らしい成績を収めたと聞いた時は素直に喜んだよ。この男が私の部下として背中を護ってくれるとはなんて誇らしい、とね。だが、それは実力じゃなかった。ブラッドレイと汚らわしい取引をした結果だった。アイツはブラッドレイに脚を開いて三位入賞という栄誉を買っておいて、素知らぬ顔で私の前に立とうとした。これが裏切りと言わずになんと言う?アイツは、ハボックは薄汚い裏切り者だッ!二度と私の前に姿を見せるなど赦さない。アエルゴへだろうが何処へだろうが行って二度と戻ってこなければいいッ!!」 「マスタング大佐……」 ロイの全身から迸る怒気に、マドラスはよろけるように後ずさる。それでも何とか踏みとどまると口を開いた。 「少尉が躯を売って入賞を得ただなんて、貴方は誤解している」 「誤解?誤解なものか、私は当の本人から聞いたんだ」 「本人?ハボック少尉がそう言ったんですかっ?」 驚きに目を瞠るマドラスにロイは唇を歪めて笑う。 「大総統だ。ブラッドレイ大総統が私にそう言った。ハボックはブラッドレイに抱かれて入賞を労せずして得た、とな」 ロイがそう言うのを聞いて、マドラスは顔を歪めて天井を仰ぎ見た。グッと歯を食いしばったマドラスはロイに視線を戻す。じっと見つめてくるマドラスに、ロイは眉を顰めた。 「ここまで言ってまだ何かあるのか?もう十分だろう、さっさと出ていけ」 ロイはそう言うとドサリと椅子に腰を下ろし皺の寄った書類を引き寄せ目を落とす。文字を目で追っていたロイは、マドラスが出ていくどころか身動き一つせず見つめてくるのを感じて苛々と顔を上げた。 「出ていけと言ったのが聞こえなかったのか?マドラス中佐、今すぐここから出ていけ」 殊更階級を強調して言うロイに、だがマドラスは動こうとしない。ロイは何も言わずに見つめてくるマドラスの視線に苛立ちを募らせて、乱暴な仕草で立ち上がった。 「消し炭にされたいかッ!!さっさと出ていけッッ!!」 言ってロイは発火布を懐から取り出す。錬成陣が描かれたそれを手に填め突き出しても、マドラスは動こうとしなかった。 「貴様……ッ」 「ハボック少尉が」 怒りに任せてロイ指を擦り合わせようとしたロイは、マドラスの声に一瞬動きを止める。発火布を填めた手を振りかざしたまま見つめてくるロイを見つめ返して、マドラスは言った。 「ハボック少尉がアエルゴに行った理由が判りました」 そう言うのを聞いて、ロイは眉を顰める。何も言わずに見つめればマドラスが続けた。 「彼は、ハボック少尉は絶望してしまったんだ。絶望して、それでも最後まで己の命を貴方の為に役立てようとした。アエルゴに、最前線に彼が行かなければいけなかったのは貴方の為だ。ハボック少尉はそうまでして貴方の役に立ちたかったのか、なんと……なんと哀れな」 マドラスは言って目を閉じる。深いため息をついて目を開くと、己を見つめてくるロイを見返して言った。 「マスタング大佐、ハボック少尉はブラッドレイ大総統に脅されていました。彼が大総統にその身を任せたのは貴方の為です」 「────どういう意味だ?」 そう尋ねるロイに。 「ハボック少尉はブラッドレイ大総統に言うことを聞かなければ貴方を潰すと脅されていた。貴方を護りたければ躯を差し出せと、そう脅されていたんですよ」 マドラスは己の知っている限りを話そうと、ゆっくりと話し出した。 |
| → 第五十八章 第五十六章 ← |