| セレスタの涙、オニキスの誓い 第五十六章 |
| 「ふぅ……」 マドラスは開いた列車の扉からホームに降り立つ。漸く夜明けを迎えたイーストシティの駅はひんやりとした空気に包まれ、マドラスは軍服の襟を掻き合わせた。 「車を呼ぶか」 司令部が一日の業務を始めるにはまだ幾分早い時間だが、誰かしらいるだろう。とりあえず司令部までの足を確保しようと、マドラスは駅を出たところにある公衆電話に向かう。番号を回し必要なことを伝えると駅前広場のベンチに腰を下ろした。 「マスタング大佐か……」 マドラスにロイとの面識はない。彼が焔の二つ名を持つ国家錬金術師であり、その実力と実績を認められて軍の要職についていることは知っているが、正直それだけだ。 「怒りっぽい人種ではありそうだな」 電話でのやりとりを思い出してマドラスは眉を顰める。これから電話越しでなく直接面と向かってあの男とやり合うのかと思うと、若干気後れしないこともなかった。 「まさかいきなり燃やされたりはせんだろうが」 ふとそんな不安が頭をよぎる。だが、次の瞬間マドラスは、ハボックの哀しい空色を思い出して首を振った。 「大佐と少尉の間になにがあったか知らんが、おそらく少尉の身に起きたことを知っているのは私だけだ。多少焦がされようが私が伝えてやらんでどうする」 これ以上己の保身をはかってどうするというのだ。マドラスがそう思った時、短くクラクションを鳴らして軍用車が広場に入ってきた。 「マドラス中佐?」 運転席から降りてきた少し太めの尉官がマドラスを見て言う。「ああ」と頷けば尉官はピッと敬礼を寄越して言った。 「ブレダ少尉です。お迎えにあがりました」 「ありがとう、急にすまなかったな」 そう答えるマドラスにブレダは笑って後部座席のドアを開ける。マドラスが中に入るとドアを閉め、ブレダは運転席に戻るとハンドルを握った。 「こんな時間に到着されるなんて、何か緊急の案件でもあるんですか?」 正面を向いたままブレダが尋ねればマドラスは少し考えてから答える。 「マスタング大佐に話があってな」 「大佐に?電話でなくわざわざ直接ですか?じゃあやっぱり至急の案件ですね、司令部に戻ったら大佐に連絡を入れます」 わざわざセントラルから出向いてくるのだ。余程重要かつ緊急の案件なのだろうとブレダが言えば、マドラスは慌てて言った。 「いや、そう言うことじゃ……、ああ、まあ急ぎと言えば急ぎだが」 確かに急いで伝えるべきことではあるが、朝早くから呼び出して機嫌の悪いところで話す気にはなれない。どうにも歯切れの悪いマドラスに、ブレダがミラー越しに訝しむ視線を寄越すのを見て、マドラスは苦笑して言った。 「ハボック少尉のことで話があるんだ」 「ハボックの?!」 「うわッ?!」 言った途端いきなり車が急停止して、マドラスは反動で前に飛び出しかけた体を前座席の背に手を突いて止める。ホッと息を吐いたマドラスが顔を上げると食い入るように見つめてくるブレダと目があった。 「やっぱりハボックに何かあったんですね?」 「?貴官は……」 「ハボックと俺は士官学校時代一緒でした。マスタング大佐の部下になるんだって厳しい訓練もずっと頑張ってきたのに、いきなりアエルゴに行っちまって!ハボックになにがあったんですかッ?何か知ってるんだったら教えて下さいッ!!」 必死の形相でそう告げるブレダをマドラスは驚いて見つめる。そうすれば、ブレダがハッとして言った。 「失礼しました、サー!でも、いきなり最前線だなんて、あんなに大佐の部下になるのを楽しみにしてたのに、俺にはどうしても訳が判らなくて」 「ブレダ少尉」 友人の身を案じるブレダの様子にマドラスは軽く息を吐いて笑みを浮かべる。手を振って車を出すよう身振りで示すと、再び走り始めた車のシートに身を預けて言った。 「まずはマスタング大佐と話す必要がある。ハボック少尉がアエルゴに行かねばならなかった理由を知っているのはマスタング大佐だけだからだ。君にはその上で話をしよう」 「……イエッサー」 おそらく言いたい事はたくさんあるだろうに、そう言うブレダの背をマドラスはため息をついて見つめる。 (少尉が誰かに相談出来ていたら……、いや、言える筈もないか) なんと言っても相手はあのブラッドレイだ。ハボックが誰かに打ち明けられる筈もない。それでもハボックがアエルゴに行こうと決める前に助けてやることが出来ていれば。 (もう何もかも遅いか?いや、そんなことはない。今からでも何かしてやらなければ) それはもしかしたらハボックの為というより自分の良心の為なのかもしれない。それでもこのままにはしておけないと、マドラスは司令部に向かう車の中そっと目を閉じた。 「どうぞ」 ブレダに案内されて司令室にやってきたマドラスは、まだ主のいない執務室に通される。ソファーに腰を下ろせばコーヒーを出してくれた金髪の中尉をマドラスは尋ねように見上げた。 「マスタング大佐の副官を務めておりますホークアイ中尉です」 ピッと敬礼を寄越す秀麗な顔に浮かぶ焦燥の色に、マドラスは僅かに眉を寄せる。 「君はハボック少尉の身に起きたことを知っているのか?」 そう言えばキュッと唇を噛んでホークアイは答えた。 「理由を、ご存じなのですね?」 「君も彼のことを“薄汚い裏切り者”と言うのかね?」 「少尉が大佐を裏切るなどあり得ません」 きっぱりとそう言い切るホークアイにマドラスは目を瞠る。それからフッと笑みを浮かべた。ホークアイやブレダのような人間が側にいるならきっとまだ間に合うに違いない。 「全てはマスタング大佐が来てからだ。私が知っている事を全て話そう。それを聞いてもまだ“裏切り者”などと言うなら、たとえ燃やされても私は大佐を翻意させるつもりだ」 そう言うマドラスの言葉に、ホークアイが泣きそうに顔を歪めた。 |
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