| セレスタの涙、オニキスの誓い 第五十四章 |
| 「アエルゴ……」 叩き切るように置いた受話器に手を乗せたまま、マドラスは呆然と呟く。新兵であるハボックが自ら最前線を希望したのか、それとも誰かがそう仕向けたのか、理由は判らなかったがマドラスにはとてもこのまま聞かなかった事には出来なかった。なによりマドラスにはハボックとブラッドレイの間にあったことを知りながら、何もしてやれなかった負い目がある。 『抵抗するか?私は構わんがね』 『ごめんなさいッ、言うとおりしますッ、どうぞサーの好きに……ッ!!』 ロイを護るためにブラッドレイにその身を差し出していた。若い士官にはあまりに酷い仕打ちだ。そうまでして護ったロイの元を離れなければいけない理由はなんだったのだろう。 「ブラウンには全く心当たりがないようだったが」 先ほどの電話を思い出してマドラスは呟く。それなら理由を知っているのは誰だろう。本人に確かめる術のない今、ハボックがロイの元を離れて最前線にその身を投じた理由を知っているのは。 「……」 マドラスはじっと見つめていた受話器を取り上げると、ただ一人理由を知っている筈の人物に連絡をとるため番号を回した。 視察を終えて司令部に戻ってきたロイは足早に廊下を歩いていく。司令室の大部屋の扉を開ければ「お疲れさまです」とかけられた声には答えず、ロイは執務室の扉の中へ逃げるように飛び込んだ。後ろ手に扉を閉め、窓のない室内の暗さにホッと息を吐く。手探りで扉の横の電気のスイッチを押すと、明滅した後についた灯りに照らされた室内を歩いて机の前の椅子に腰掛けた。その途端、ジリジリと鳴り出す電話の耳障りな音にロイはムッと顔を顰める。そのまま放置するわけにも行かず、ロイは渋々と受話器を取り上げた。 「…………」 受話器を取り上げ耳に押しつけたものの何も言わずにいれば、受話器の向こうの相手の困ったような気配が感じられる。相手は少し迷ってから『もしもし』と口を開いた。 『セントラルのマドラス中佐です。マスタング大佐はおられますか?』 「────私だ」 数瞬おいてロイは答える。セントラルからとは一体何の用だろう。訝しみながらも答えれば、受話器から切羽詰まったような声が聞こえた。 『ハボック少尉のことで大佐にお話があります』 マドラスが口にした名前にロイは僅かに目を見開く。グッと歯を食いしばると呻くように言った。 「私にはない」 『大────』 ロイはマドラスが何か言おうとするのを無視して受話器をフックに叩きつける。怒りに震えるロイの手の下で電話が再び鳴り出して、ロイは顔を歪ませて受話器を乱暴に取り上げた。 『大佐っ、私の話を聞いてくださいッ』 「話すことなどないッ!」 ロイはそう怒鳴ると電話を叩き切る。だが、すぐさま鳴り出す電話にロイはブルブルと怒りに震えて椅子を蹴立てて立ち上がると受話器を取り上げた。 「しつこいぞッ、貴様ッ!私の前でハボックの名を出すなッ!!あの……薄汚い裏切り者の名をッ!!」 ロイは怒りにまかせてそう怒鳴ると三度電話を叩き切る。今度は電話が鳴り出す前に電話線を力任せに引き抜いた。 「…………ッッ」 ロイは引きちぎれた電話線を握り締めてハアハアと肩を弾ませる。少しして大きく息を吐き出すと手にしていた電話線を放り投げドサリと椅子に腰を下ろした。 「く、そ……ッッ」 手のひらの中に顔を埋めロイは呻く。締め切った部屋の中、ロイは怒りと、それ以外の何かで小刻みに体が震えるのを止める事が出来なかった。 「なんなんだ、一体……」 マドラスはもの凄い勢いで叩き切られた電話で痛む耳を押さえて呟く。もう一度電話してみようかとも思ったが、今電話をしたところで同じ事の繰り返しだろうと、手にしていた受話器をフックに戻した。フゥとため息をついて椅子に背を預ける。コンコンと聞こえたノックの音に答えれば副官の大尉が書類を手に入ってきた。手渡された書類を受け取り中身を確かめた上でサインをし、大尉に返す。受け取った書類をファイルに挟むと話を始める部下の言葉を上の空で聞きながら、マドラスは今し方のロイの言葉を思い返していた。 『私の前でハボックの名を出すなッ!!あの……薄汚い裏切り者の名をッ!!』 (薄汚い裏切り者?どう言うことだ?あの後、大佐との間で何かあったのか?) そう怒鳴ったロイの声は激しい怒りに満ちていた。あれほどまでにロイを怒らせるなにが二人の間にあったのだろう。 (薄汚い裏切り者) ロイが言った言葉を繰り返せば胸が痛む。まさかハボックがブラッドレイに身を任せた事を言っているとは思わないし思いたくないが、だが。 「ですから……、っと、中佐?」 ガタンといきなり立ち上がったマドラスに話をしていた大尉が目を瞠る。マドラスは机の上に広げていた書類をガサガサとまとめて机の抽斗に突っ込むと言った。 「イーストシティに行ってくる」 「えっ?何か問題でも?」 「お前が気にすることではない」 「ですが……、ちょっと、中佐っ?待って下さい、私も────」 慌ててついてこようとする大尉に手を振ってマドラスは言った。 「必要ない。すぐ戻るが不在の間のことは任せる」 「中佐っ」 短く言ってマドラスは大尉が引き留めようとするのに構わず廊下に出る。 (二人の間に何があったか判らない。だが、このままにしておく訳には) 脳裏に浮かぶ哀しげな空色の瞳。マドラスは己の知る真実をロイに伝え、二人の間に一体何があったのかをその目で確かめるためにイーストシティへと向かった。 |
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