セレスタの涙、オニキスの誓い  第四十三章


「いいんですかッ?大佐ッ!!」
 ホークアイが張り上げた声にロイはビクリと体を震わせる。凍り付いたように大きく見開いたままの目を向ければ、ホークアイが運転席から身を乗り出すようにしてロイを見ていた。
「このまま行かせてしまっていいんですかッ?急いで追って────」
「追ってどうすると言うんだ?中尉」
「どうって……止めないとッ」
「大総統が言っていただろう?セントラルでも毎晩愉しませてくれたと。つまりはそう言うことだ」
 ロイはそう言うと低い声で続ける。
「射撃大会の成績も躯で買ったと言っていたな。これでなにもかもはっきりした。すっきりしたろう?中尉」
「大佐……」
 そう言うロイをホークアイは見開いた鳶色の瞳で見つめたが、ギュッと唇を噛んで言った。
「私には信じられません」
「信じられない?どうしてだ?はっきり聞いたろう?」
「聞きました。それでも信じられません」
 きっぱりとそう言い切るホークアイにロイは一瞬口を噤む。だが、次の瞬間その黒曜石に怒りを漲らせた。
「ハボックは躯で栄誉を買った。その後も大総統に取り入ろうとセントラルに留まった。毎晩毎晩その身を大総統に差し出して……それが真実だッ!!」
「大佐ッ」
「ここまではっきりと当事者の口から聞いて、これ以上なにを疑う?疑う余地などない!」
「でも、少尉は……」
 ハボックの瞳に浮かぶ哀しい色。あんな瞳をした人物が望んで色で権力者の興味を引くようなことをするだろうか。
「車を出せ、中尉」
「大佐、お願いです。どうかハボック少尉を────」
「出せッ!早くこの場から離れろッ!!」
 ブアッとロイから怒りのオーラが噴き上がる。その怒りの凄まじさに、ホークアイをしてもそれ以上何も言うことができなかった。


「あっ!」
 ドンッとベッドに突き飛ばされて、ハボックはシーツに突っ伏す。慌てて振り返ればブラッドレイが上着のボタンを外しながら言った。
「残念だったな、少尉。マスタング大佐に抱いて貰い損ねた」
「酷いです、大佐の前であんな……ッ」
 顔を歪めたハボックの口から責めるような言葉が零れるのを聞いて、ブラッドレイは眉を跳ね上げる。ベッドに片膝をついて身を寄せるとハボックの顎を掴んだ。
「酷い?なにがだ?酷いのは目の前の茶番に気を取られて真実に目を向けようとしなかったマスタングの方だろう?違うかね?それともはっきりと君が私に抱かれた理由を言って欲しかったのか?」
「ッ!」
 そんな風に言われればハボックにはもう返す言葉がない。キュッと唇を噛んで目を逸らすハボックの顎を掴む手に力を込めて、ブラッドレイは言った。
「言って欲しくないのなら私がイーストシティにいる間、そんな気にならないよう私を愉しませる事だ。退屈すると愉しみを見つける為に言いたくなってしまいそうだ」
「やめてッ!」
 ブラッドレイの言葉にハボックが声を張り上げる。己の顎を掴む男の腕に手を添えると、冷たい隻眼を見上げて言った。
「どうぞオレにサーのお相手をさせてください。サーを退屈させないように何でもします、だから……だからマスタング大佐には……ッ」
 必死に懇願する空色にブラッドレイは冷たく笑う。
「いいだろう、私を退屈させないよう、精々頑張りたまえ」
「……ありがとうございますッ、サー」
 ホッと息を吐いて、ハボックはブラッドレイの掌に恭しく口づけた。


 ロイの翻意を促すように何度も繰り返し訴えるホークアイを追い返して、ロイはリビングのソファーにドサリと腰を下ろす。暫くそのまま動かずにいたが、乱暴な仕草で立ち上がると戸棚からウィスキーのボトルとグラスを取り出した。蓋を開けグラスにウィスキーを注ぐと一気に飲み干す。強いアルコールが喉を焼いて通り過ぎるとロイは荒い息を吐いた。
『私を楽しませたお陰で苦労せずに射撃大会で入賞出来た。大会の後は折角手取り足取り男を悦ばす方法を教え込んでやったのに』
 ブラッドレイの言葉がロイの脳裏に蘇る。ハボックの肌に残る情事の痕ははっきりと事実を伝えていたが、それでも自分を裏切ったと怒りを抱えながら心の奥底でロイは、本当はずっと信じたくないと思っていた。だが、ロイの儚い望みをブラッドレイの口から告げられた言葉が切り裂き、否定しなかったハボックの態度が跡形もなく粉々に打ち砕いた。
「くそッ!!」
 怒りに震えるロイの手から空になったグラスが床に落ちて割れる。ロイは手にしたボトルに直接口を付けウィスキーを呷った。
『折角だ、セントラルからの長旅の疲れ、癒して貰おう。セントラルでも毎晩私を愉しませてくれたろう?少尉のココは下手な女より余程具合がいい』
 その時再びブラッドレイの言葉が脳裏に響いてロイは目を見開く。
「今頃ハボックはブラッドレイと……ッ」
 引きずられるようにしてホテルの中に消えていったハボック。躊躇うように見えたのは流石にロイとホークアイを前に進んでついていくのが憚られたからかもしれない。今頃はベッドの中でブラッドレイの牡をその身に受け入れているのかと思うと、ロイは嫉妬と怒りで目の前が真っ赤になった。
「ブラッドレイ……ッ、ハボック……ッ!!」
 かつて語りあった夢は、あの日交わしたキスはハボックにとって塵ほどの重みもなかったのか。ハボックの後を追って引きずり戻し、目を覚ませと言ったなら以前と同じハボックを取り戻せたのか。
「ハボック……ッ、私はッ」
 答えを見つけられないままロイは、嫉妬と激情の焔に焼かれてアルコールを呷り続けた。


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