セレスタの涙、オニキスの誓い  第四十二章


(どうして大総統がここに……?)
 駅の改札口を出たところに立つ男をハボックは呆然と見つめる。一瞬ここがセントラルであるような錯覚がハボックを襲ったが、男の背後にあるのは間違いなくイーストシティの駅舎だった。
「久しいな、ハボック少尉。元気にしていたかね?」
 その声にハボックはビクリと躯を震わせる。答えようにも喉はカラカラに乾いて、何度も唾を飲み込まねば声が出てこなかった。
「お久しぶりです、大総統閣下」
 漸く絞り出した声は奇妙にひしゃげて掠れている。ガチガチに強張った手を上げて敬礼をすれば、ブラッドレイが手を振ってその手を下ろさせた。
「マスタング大佐がわざわざ迎えに来てくれたところでな。丁度いい、貴官も乗っていきたまえ」
「えっ?」
 突然の事にハボックはギョッとしてロイを見る。その黒曜石の瞳を見開いたまま見つめてくるロイと目があって、ハボックは慌てて目を逸らした。
「いえ、オレは」
「乗っていきたまえ、少尉」
 断りの言葉を口にする前にピシリとそう言われて、ハボックは返す言葉をなくしてしまう。ホークアイが開けたドアからブラッドレイとロイが後部座席に座るのを呆然と見ていたが、ブラッドレイの鋭い視線に促されてハボックはキュッと唇を噛み締めた。
「失礼します」
 助手席の扉を開けてハボックは滑り込むように腰を下ろす。問いかけるような色をたたえる鳶色の瞳から逃れるように、ハボックはホークアイの視線から顔を背けた。
「暫くゆっくりと走らせてくれ」
「イエッサー」
 ブラッドレイの言葉にホークアイは答えてアクセルを踏み込む。ゆっくりと走り出す車内、張り詰めた空気の中ブラッドレイは楽しそうに言った。
「さっき少し聞いたのだが、折角教えてやったことが役に立っていないようだね、少尉」
「えっ?あの……」
 背後から聞こえた言葉の意味が判らずハボックは答えに困って口ごもる。そんなハボックの様子を背後から見つめながら、ブラッドレイは続けた。
「私を楽しませたお陰で苦労せずに射撃大会で入賞出来た。大会の後には折角手取り足取り男を悦ばす方法を教え込んでやったのに。同じようにマスタング大佐にも尽くせば存分に君の憧れの上官を楽しませてやれる上に望みも叶うと言っただろう?」
 狭い車の中、ブラッドレイの言葉にロイもホークアイもハボックもそれぞれに身を強張らせる。返す言葉を見つけられないままハボックが正面を見据えていれば、ブラッドレイは楽しげに続けた。
「そうだ、この機会に試してみてはどうだね?マスタング大佐。ホークアイ中尉、車をマスタング大佐の自宅へ向けてくれ」
「な……ッ?!」
「ッ?!」
 ブラッドレイの言葉にハボックとロイがそれぞれにギョッとして声にならない声を上げる。命じられたものの流石にそのまま車を向ける訳に行かず、のろのろと車を走らせるホークアイにブラッドレイは言った。
「どうした?もうゆっくり走らせる必要はない。さっさと車をマスタング大佐の自宅へ向けたまえ」
「ですが────」
「その必要はないッ」
 狼狽えるホークアイの声に被せるようにロイが声を張り上げる。その声に視線を向けてくるブラッドレイにロイは言った。
「その必要はありません、サー。私は男を抱く趣味はないし、ましてや躯で取り入ろうとする輩など触れたくもない」
「────随分と潔癖性だな、大佐。そんなことでは軍で生きていくのは辛かろう。いっそここでその指切り落としてやろうか?そうすればこんな下劣な場所にいる理由もなくなる」
「サーッ!」
 隻眼を細めて低く囁くブラッドレイに、助手席に座っていたハボックが弾かれたように振り向く。だが、ギロリと隻眼に睨まれて其れ以上言葉を紡ぐ事も出来ず凍り付いた。
「────ご心配頂いてありがとうございます、サー。ですが私は軍にいることを辛いと感じたことはない。ここが下劣な場所だというなら、寧ろそれを変えるのが私の努めと思っております」
 その時ロイの声が聞こえて、ブラッドレイはハボックへ向けていた視線をロイへと戻す。そうすれば挑むような光をたたえて睨んでくるロイと視線があって、ブラッドレイはニヤリと笑った。
「なるほど。貴官の考えはよく判った」
 ブラッドレイはそう言うと深くシートに腰掛け直す。正面を見据えたままハンドルを握り締めるホークアイに向かって、ブラッドレイは言った。
「中尉、ホテルへ向かってくれ」
「イエッサー」
 ブラッドレイの言葉にホークアイがホッとしたような声で答える。そのまま誰も口を開かぬまま車がホテルに着くと、ブラッドレイは開かれた扉から降りながら言った。
「少尉、一緒に来たまえ」
「えっ?」
「折角だ、セントラルからの長旅の疲れ、癒して貰おう」
「「「ッ?!」」」
 その言葉に三対の瞳がギョッとしたようにブラッドレイを見る。その視線を感じながらブラッドレイは車の外へと降り立った。
「どうした、さっさと降りんか」
「で、でも……」
 狼狽えてハボックはロイを振り返る。黒曜石の瞳を見開いて見つめてくるロイを縋るように見つめたハボックが何か言おうとした時、助手席の扉がガチャリと開いた。
「来い、少尉」
「サー……」
 空色の瞳を見開いて見上げてくるハボックにニィと笑ってブラッドレイはハボックの腕を掴む。グイとハボックの躯を車から引きずり出すように引き寄せて言った。
「セントラルでも毎晩私を愉しませてくれたろう?少尉のココは下手な女より余程具合がいい」
「ひ……ッ」
 ブラッドレイはそう言いながらボトムの上からハボックの双丘の狭間にグイと指を押し込む。ビクッと震えて男の腕にしがみつくハボックの肩越し、ブラッドレイは凍り付くロイを見て言った。
「出迎えご苦労だった、マスタング大佐。ではまた明日」
 愉しげな声でそう言うとブラッドレイはハボックの腕を掴んで歩き出す。引きずられるようにブラッドレイについて歩きだしたハボックがホテルの扉の向こうに消えていくのを見送ったまま、ロイは身動く事が出来なかった。


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