セレスタの涙、オニキスの誓い  第四十一章


 ホークアイが駅の前に車を停めるとロイは自分でドアを開けて車から降りる。駅に向かって歩き出せばすぐさま追ってきたホークアイが付き従って、二人はイーストシティの駅へと入っていった。
「ほぼ定刻通りに着くそうです」
 列車の運行状況を聞きに行っていたホークアイが戻ってきて言う。しょっちゅう遅れてばかりの列車が今日に限って定刻通りに着くと聞いて、ロイは唇の端を歪めて笑った。定刻通りなら列車はあと数分で着くはずだ。冷たい風が吹くホームで、ロイは線路の先を見つめる。そうすれば暗く沈んだその先に小さく列車の明かりが見えてきた。
「ご到着だ」
 段々と近づいてくる明かりを見つめてロイが言う。
「では、大総統閣下をお迎えするとしよう」
 コートの裾を靡かせて、ロイは冷たい笑みを浮かべた。


「閣下、そろそろイーストシティに到着します」
 コンコンとコンバートメントの扉を叩く音がして秘書の声がする。その声に答えるように列車がガクンとスピードを落とすのが感じられて、ブラッドレイは窓の外を見た。
 列車は建物の間を通り抜け、速度を落としてイーストシティの駅舎へとその身を寄せていく。やがて列車が滑るようにホームに走り込んでいけば、ブラッドレイはゆっくりと立ち上がった。ガラリとコンバートメントの扉を開ければ、傍らに控えていた秘書の女性が軽く頭を下げる。それへ鷹揚に頷いてブラッドレイは狭い通路を出口へと歩いていった。
(まずはマスタング大佐か)
 おそらくはホームで待っているであろう男の姿を思い描いて、ブラッドレイは笑みを浮かべる。ブラッドレイの為だけに開かれた扉からホームに降り立てば、射抜くような視線を感じてブラッドレイはそちらへと顔を向けた。
「マスタング大佐」
「大総統閣下、長旅お疲れさまです」
 ピッと敬礼して言うロイをブラッドレイは笑みを浮かべて見つめる。なんの表情も浮かべまいとする努力を裏切ってブラッドレイへの憎悪を露わにした黒曜石の瞳に、ブラッドレイはゾクゾクとした悦びを感じながら言った。
「わざわざ出迎えになど呼びつけて申し訳なかったかな」
「とんでもありません、サー」
「時に、ハボック少尉はどうしている?」
 微動だにせず答えるロイを見つめて、ブラッドレイはそう口にする。唐突とも言える質問に、だがロイは表情を変えずに答えた。
「ご質問の意味が判りかねます」
「判らない?そんなことはないだろう?」
 ロイの答えにブラッドレイは眉を跳ね上げる。そんなブラッドレイにロイは言った。
「ハボック少尉が我が司令部を代表して参加した射撃大会で優秀な成績を修めたことは承知しています。ですが、彼は私の直属の部下ではない。直属の部下でもない少尉の動向など、流石に把握出来ません」
 至極真っ当な答えを返してくるロイをブラッドレイは鼻で笑う。一歩踏み出してロイの方へ身を寄せるとにんまりと笑った。
「でははっきりと聞こう。────少尉の抱き心地はどうだね?マスタング大佐」
 ロイの耳元に顔を寄せて囁けば、ほんの一瞬ロイの内側からブワリと熱いものが膨れ上がる。だが、次の瞬間にはそれを己の内側に納めて、ロイはブラッドレイを見た。
「仰っている意味が判りません」
「少尉が貴官の役に立ちたい、悦ばせたいと言うから、たっぷりと教え込んであげたのだがね。彼の躯で男を悦ばせる方法を。悦かっただろう?少尉の躯は」
 毒を滴らせて囁く声に無表情を装っていたロイの体が僅かに揺らぐ。発火布を填めた手をギュッと握り締め、ロイは憎悪に燃える瞳でブラッドレイを見た。
「閣下とハボック少尉の間でどのようなやりとりがあったか判りかねますが、私は少尉とそういった意味での接点はありません。男を抱く趣味もない」
 きっぱりとそう言いながら、ロイの瞳にあるのはブラッドレイに対する憎悪と嫉妬だ。無表情の仮面の中でそこだけがはっきりとロイの心の内を映し出している黒曜石に、ブラッドレイは満足げに笑ってロイの側から身を離した。
「それは残念。毛嫌いせずに一度試してみるといいのに。私もこれまで男に興味はなかったが、試してみて気が変わったよ────アレはかなり楽しめる」
 そう言ってブラッドレイは低く笑う。答えないロイをそのままにホームを歩き出した。
「ここで立ち話もなんだ。残りは車の中でしよう」
「……イエッサー」
 言って改札へと向かうブラッドレイに答えて、ロイは突き刺さるような視線でブラッドレイの背中を見つめた。


「最終列車がついたんだ」
 入る店を決められないまま歩いていれば、丁度さしかかった駅の前、大勢の人が改札から出てくるのを見てハボックは呟く。どうやらその列車がセントラルからのものであるらしい事に気づいて、ハボックは無意識に眉を寄せた。
(気にし過ぎだ)
 列車がセントラルからのものだとして、だからなんだと言うのだ。ハボックは脳裏に浮かんだ影を追い払うと、足早に駅の前を通り過ぎようとする。その時、改札を抜けて出てくる体格のよい男の姿を目の端に捉えて、ハボックはギクリと身を強張らせた。
「……え?」
 たった今脳裏に浮かんだ影が実体を伴ってそこにいるのを見て、ハボックは目を見開く。呆然と立ち竦んでいれば改札を出てきた男がハボックの方を見た。その隻眼が一瞬大きく見開かれたと思うとにんまりと細められる。ブラッドレイは背後を振り向くと続いて出てきたロイに言った。
「噂をすればなんとやら、だ。それともあんな事を言っておいて呼んでおいてくれたのかね、マスタング大佐」
「えっ?」
 ブラッドレイの言葉に驚いたロイがハボックに視線を向ける。呆然と立ち竦んでいるハボックに気づいて、ロイの黒曜石が大きく見開かれた。
「どうして……?」
 必死に記憶の外へと押し出そうとしていた悪夢が再び目の前に現れた事に、ハボックはどうしていいか判らないまま立ち尽くしていた。


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