セレスタの涙、オニキスの誓い  第三十章


 ハボックは頼まれた書類を手に中央司令部の廊下を歩いていく。そうすれば数メートル先の扉が開いて、中からマドラスが出てきた。
「ハボック少尉」
 マドラスはハボックを見てほんの少し狼狽えたように視線を逸らす。だが、すぐに視線を戻すと笑みを浮かべて言った。
「随分長くこっちにいるな。その……まだイーストシティには戻れんのか?」
「ええ、まだ」
 短くそう答えて見つめてくる哀しい空色にマドラスは胸が締め付けられるように感じる。
「だが、長いこと戻らずにいたら訓練にも差し支えるだろう?一度大総統にそう申し出てみてはどうなんだ?」
 本当なら自分がそう言ってやりたいのは山々だ。だが、下手に首を突っ込むことも憚かられて、せめてとマドラスがそう口にすればハボックがほんの僅か目を見開いて、それから微かに笑った。
「オレは大総統に意見出来る立場にありません。ただ……言われたとおりにするだけっス」
 そう告げるハボックの目元に刷いたように浮かぶ色香にマドラスは目を瞠る。大会に出場するためにここへ来た時にはなかったそれに、マドラスはギュッと手を握り締めた。
「失礼します、この書類、急いで持っていかないとなんで」
 ハボックはそう言うと軽く一礼して行ってしまう。その背を見送ってマドラスは己の無力に唇を噛み締めた。


「遅かったわね────大総統がお呼びよ」
 書類を提出して戻ればエリゼが冷たい声でそう告げる。嫉妬の焔を灯す昏い瞳で見つめられて、ハボックはゾクリと背筋を震わせた。
「すみません」
 ハボックはそう答えて奥の扉に向かう。ほんの一瞬躊躇って、それからコンコンとノックした。
「ハボックです」
 そう告げれば入室を許可する答えが返ってハボックは扉を開ける。中に入りそっと扉を閉めると、大きな机で書類をチェックする男を見つめた。
「お呼びと伺いました」
 そう言えば冷たい隻眼がハボックを見る。ペンを置き椅子を九十度回転させるのを見れば、ハボックはブラッドレイに歩み寄った。そのままなにも言わずに足下に跪く。男のボトムに手を伸ばしイチモツを取り出すと唇を寄せて奉仕を始めた。


 言葉にした命令を与えずとも当然のように足下に跪き奉仕を始める青年を、ブラッドレイは机に肘をついてじっと見つめる。濡れた舌でぴちゃぴちゃと舐められ熱い口内に迎え入れられれば、男の生理としてごく自然に楔は熱を帯び、ハボックは喉奥まで埋め尽くす巨根に苦しげに眉を寄せた。そんなハボックを無表情にブラッドレイは見下ろす。うっすらと涙を浮かべる目元を拭った指でハボックの金髪を鷲掴むと、乱暴にガツンと突き入れた。
「んぐぅッ!」
 苦しげに目を見開き、それでもハボックはなすがままだ。苦痛と嫌悪と絶望を浮かべる涙の滲む空色を見つめて、ブラッドレイは言った。
「午後の視察に同行したまえ。その後は司令部には戻らんからそのつもりで仕事を片づけておくように」
 そう言われてハボックはブラッドレイを見上げる。口いっぱいに男根を頬張って返事が出来ずにいるのを見て、ブラッドレイはガツガツと乱暴に突き入れた。ブルリと体を震わせ喉奥に精を叩きつける。そうすればハボックが苦しげに眉を寄せながらも注ぎ込まれた白濁をゴクゴクと飲み干した。ハボックはゼイゼイと息を弾ませながら咥えていた男根を吐き出す。ペロペロと舐めて清めると男のボトムを整えて立ち上がった。
「お時間になりましたら正面に車を回させます」
「うむ」
 短く頷けばハボックは一礼して執務室を出ていった。パタンと閉まる扉をブラッドレイは肘を突いたまま見つめる。
「気のせいだったか」
 そう呟いたブラッドレイは椅子を正面に戻すと、何事もなかったように書類を手に取った。


「こちらが今進めております計画の────」
 担当官の説明を聞きながら歩くブラッドレイの少し後を歩きながら、ハボックは吹き抜けた風に俯けていた顔を上げる。そうすれば木々の向こうに見える空が、真夏のギラギラとしたそれから高く抜ける秋の空へと変わっていることに気づいた。
(そっか。もうそんな季節なんだ)
 地上はまだ夏の名残の暑さが残っていたからいつまでも季節が過ぎていない様な気がしていた。だが、ハボックが気づかずにいただけで、時間は静かにそして確実に過ぎ去っていた。
(時間が止まってるみたいだ)
 いつまでもいつまでも悪夢から抜け出せない。永遠に繰り返す悪夢は時間が止まっているのにも似て、ハボックに季節の移り変わりも感じさせなかった。
(オレは、もう────)
 不意に辺りの景色が色をなくして凍り付く。踏みしめていた筈の地面がぐずぐずに溶けて、ハボックの躯をゆっくりと飲み込んでいった。躯は瞬く間に地面の中に沈み込み、ハボックの目も耳も口も茶色の汚泥で塞ぐ。なにもかもが音も色もなくして、ハボックは静まり返った世界の中そっと目を閉じた。


「────ック少尉、行くぞ」
 聞こえた声に鞭打たれたようにハボックはビクリと震える。見つめてくる隻眼を見返して、ゆっくりと口を開いた。
「イエッサー」
 ハボックは短く答えてブラッドレイに付き従う。もう風は吹かず、ハボックは空を見上げはしなかった。


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