| セレスタの涙、オニキスの誓い 第二十九章 |
| 「────少尉?」 己の腕を痛いほどに掴んでいたハボックの手から力が抜け、パタリとシーツに落ちるのを見てブラッドレイは眉を顰める。さっきまで苦痛と快楽で歪んでいたハボックの顔から表情が抜け落ち、涙に濡れた瞳がぼんやりと宙を見上げているのに気づいて、ブラッドレイはハボックの頬を軽くはたいた。 「少尉」 それと同時に呼んでもハボックは何の反応も見せない。長い脚を抱え直しガツガツと突き入れれば、苛む凶器を咥え込んだ蕾は反射的にキュウと締まったものの、ハボックの表情に変化はなかった。ブラッドレイはチッと舌打ちすると数度突き入れブルリと体を震わせる。欲望を吐き出すと萎えた楔をズルリと引き抜いた。ハボックをそのままにベッドから降り、浴室に向かいシャワーを浴びる。ブラッドレイが身支度を整えて出てきても、ハボックはベッドの上で四肢を投げ出しぼんやりと宙を見上げたままだった。 「────」 ブラッドレイは冷たい瞳でハボックを見つめていたが、やがてツカツカとベッドに歩み寄る。ベッドに片膝を付き手を振りあげると、思い切りハボックの頬を張った。パンッパンッと二度三度肉を打つ乾いた音が寝室に響く。そうすればハボックの喉がヒュッと鳴って、息をする事を思い出したように激しく咳き込んだ。 「……サー」 漸くハボックの視線が焦点を結びブラッドレイを見る。ハアハアと息を弾ませるハボックを見下ろして、ブラッドレイは言った。 「いつまで寝てるつもりかね?さっさと支度をしたまえ」 「も……申し訳ありません、サー……」 苛立ちを含むブラッドレイの声にハボックはよろよろと起き上がる。ずり落ちるようにベッドから降りると、ハボックは覚束無い足取りで浴室に入った。唇を噛み締め注がれたものを掻き出し、ハアハアと息を弾ませながらシャワーで汚れを落とす。出来る限りの早さで身支度を整えリビングに行けば、ブラッドレイが目を閉じてソファーに座っていた。 「お待たせして申し訳ありません、サー」 ハボックの声にブラッドレイは目を開け、傍らに控える青年を見る。微かに苦痛を滲ませる空色の瞳をじっと見つめたブラッドレイは、視線を逸らしてソファーから立ち上がった。 「行くぞ」 「イエッサー」 短く言えばすぐに付き従う青年を連れて部屋を出ていきながら、ブラッドレイは僅かに眉を顰めた。 ブラッドレイを送り届け宿舎代わりのホテルに帰ったハボックは、軍服を脱ぎ捨て浴室に向かう。行為の後シャワーを浴びてはいたものの、あのホテルの浴室ではブラッドレイの匂いを洗い流せた気がしなかった。 ザアザアと降り注ぐシャワーを浴びた後、スポンジにボディソープを泡立てゴシゴシと躯をこする。数え切れないほど肌に残る行為の痕が躯を覆う泡を透かして見えて、ハボックは唇を噛んだ。その痕を消し去ろうとするかのようにハボックは力任せに肌をこする。白い肌が赤く染まり、ヒリヒリと痛むほどにこすっても決して消えない陵辱の痕を見つめたハボックの手が、力無くだらりと下がった。そのままぼんやりと立ち尽くしていたハボックだったが、やがてピクリと震えるとパチパチと瞬く。電池の切れた玩具が電源を繋がれて再び動き出したようにゆっくりとシャワーに手を伸ばし、躯に纏いつく泡を洗い流した。 シャワーを止め浴室を出ると、躯を拭きシャツとボトムを身につける。肌に散る痕が見えないよう手首まで覆うシャツとズボンを身につけていても、躯の内に残る異物感が今夜もまたブラッドレイに躯の奥の奥まで穢されたことをハボックに否応なしに思い起こさせた。だが、思い起こしたくもない行為の一部が記憶の中からすっぽりと抜け落ちていることにハボックは気づく。ベッドに入って少ししてから頬に痛みを感じるまでの間の記憶がないのだ。これまでは覚えていたくないと思っても、押し入ってくる巨大な塊や躯の奥を灼く熱をはっきりと覚えていたのにと、ハボックは眉を寄せた。 「なんで……」 そう呟いて、ハボックは首を振る。あんなおぞましい行為など思い出せないならそれに越したことは無いはずだった。 (いつまで……いつまで続ければいいんだろう) いつになったらこの地獄から解放されるのだろう。だが、解放されてロイの元に戻ったとして、以前と同じには戻れないのだとハボックには判っていた。 『続きはお前が大会で自分のやるべきことを全部出し切ってきてからだ』 不意にロイの言葉が脳裏に浮かぶ。それと同時に星空の下、川が流れる音を聞きながらロイと交わしたキスが思い浮かんだ。 「大佐」 続きなどあり得ない。どんなにロイが好きでも、この想いを口にする術は封じられてしまった。 「たいさ」 大切なロイを守りたくてこの身を投げ出したことを後悔はしていない。だが、ロイの気持ちを受け入れる事も己の気持ちを伝えることも、もう二度と赦されないのが現実だった。 (ごめんなさい、大佐。せめてアンタが上を目指す役くらいにはたてるようにするから) 行く宛のない想いを抱えてロイの側にいるのは辛い。それでもロイの役にたてるように側にいたいと思った。 (大佐) ハボックは窓辺に立つと昏い夜空を見上げる。厚い雲に覆われた空には星の輝きはどこにも見えず、それが今の自分が置かれた立場そのものだと、ハボックは苦く笑った。 |
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