セレスタの涙、オニキスの誓い  第二十八章


 一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。ずっと続いていた嬌声と涙ながらに赦しを乞う声が聞こえなくなり人の気配がなくなると、マドラスは身を潜めていたクローゼットの中から出る。ぐちゃぐちゃに乱れたベッドと部屋に残る青臭い匂いに顔を歪めて、マドラスは早足で部屋を出た。駆け出したい気持ちを抑えて廊下を歩きエレベーターで一階に降りる。そのまま逃げるようにホテルを出ると脇目もふらず歩き続けたマドラスは、ホテルが見えなくなるところまで来て漸く足を弛めた。
「なんてこった……」
 マドラスは倒れ込むように縁石に腰を下ろして頭を抱える。つい先ほどまで見ていた光景が頭に浮かび、泣きながら懇願する声が耳に響いて、マドラスは激しく頭を振ってそれらを追い出した。だが。
 潜んでいたクローゼットの扉がいきなり開いたと思うと、男の逞しい上半身がクローゼットの中に屈み込む。凍り付いたマドラスに向けられた隻眼が浮かべた冷たい笑みをマドラスは頭から追い出すことが出来なかった。
(俺があそこにいたのを大総統は最初から気づいていたんだ)
 それでいてわざと聞かせるように行為を続けた。もしかしたらマドラスからロイにハボックの身に起きていることを報告させたいのかもしれない。
(言えるわけがない)
 マドラスに行為の一部始終を目撃させたブラッドレイの目的がなんであれ、この一件をロイに伝えることはマドラスには出来なかった。
(この事を聞けばマスタング大佐は自分の立場も弁えず大総統に怒りをぶつけるに違いない。もしそうなったら大佐を守るために身を投げ出した少尉の気持ちはどうなるんだ)
 そんな事になってロイが処分を受ける事になれば、ハボックのしたことは全て無意味になってしまう。それはあまりに哀れで悲しかった。
(なんとしたものか)
 ロイに真実を伝える事も出来ないが、かといってブラッドレイにこんな事はやめろと進言するわけにもいかない。ハボックを哀れと思うのも事実だったが、マドラスとて己の立場を危うくするようなことは出来なかった。
「くそ……ッ」
 マドラスは低く呻くと抱えた頭をガシガシと掻き毟った。


「ブラウン中佐」
 扉が開く音と同時に聞こえた声に書類から顔を上げたブラウンは、その声の主の顔を見て腰を上げる。敬礼を寄越すのに苛立たしげに手を振って、ロイはブラウンに歩み寄った。
「セントラルからはなんと言ってきている?」
「それが、何度も連絡を入れているのですがちっとも埒が明かんのです」
 ブラウンは眉を寄せて質問に答える。マドラスにハボックの現況を調べてくれるよう頼んでから、ブラウンは何度もその結果を知らせるよう連絡を入れていた。だが、そのたびマドラスは「もう少し待ってくれ」の一点張りで、電話にすら出ないこともしばしばだった。
「このままなら一度私がセントラルに出向こうかとも思うのですが」
 今少し手が放せない状況で、とブラウンは積み重なる書類を前に言う。ハボックの事が気になっているのはブラウンも同じであったが、ハボック以外にも大勢の新兵を抱えた身としてはハボック一人だけに時間を割けないのも事実だった。
「マドラスはきちんとした男です。奴が待ってくれというからにはそれなりの理由がある筈なので、今はまだ奴からの連絡を待とうかと思います」
 ブラウンの説明にロイは大きなため息を吐く。苛々と舌打ちして爪を掻んだロイは、ブラウンを睨むように見て言った。
「判った。一週間だ。一週間経っても連絡がないようであればセントラルに行ってくれ」
 本当なら自分が今すぐ飛んでいってハボックを連れて帰りたかったが、立場上そう言うわけにもいかない。
「判りました。一週間しても連絡がなければ私がセントラルに参ります」
「頼む。いずれにせよ早く連絡を寄越すよう急がせてくれ」
 ロイはそう言うと部屋を出る。乱暴に閉めた扉が思った以上に大きな音をたてたが、それすらハボックの事を考えるロイの耳には届かなかった。
「ハボック」
 一体今、どうしているのだろう。連絡の一つも寄越さないハボックの身を案じて、ロイは爪が刺さるほど手を握り締めた。


「あっ」
 突き飛ばされるようにしてベッドの上に倒れ込んで、ハボックはシーツを握り締める。背後で聞こえる衣擦れの音に、ハボックはギュッと唇を噛んだ。
 この部屋に来るのはもう何度目だろう。初めて受け入れさせられた夜から数え切れないほどその身に精を注がれててきた。今夜もまた長い長い甘い責め苦が待っているのかと思うと、ハボックは空色の瞳に涙を滲ませた。
「なにをしている、少尉」
 聞こえた声にハボックはビクリと躯を震わせる。肩越しに見上げれば冷たい隻眼と目があって、ハボックは慣れることのない恐怖と嫌悪に己の襟元をギュッと握り締めた。それでも拒む術などなくて、おずおずと立ち上がると握り締めた襟元からボタンを外していく。全て脱ぎ捨て裸になると目の前に立つ男の足下に跪き股間に顔を寄せた。


 ブラッドレイは怯えた表情を浮かべなから服を脱ぎ捨てる青年を、唇に薄く笑みを刷いて見つめる。嫌悪と羞恥に震えながらも跪き奉仕を始めるハボックを見ていれば、ゾクゾクとした悦びが沸き上がってきてハボックの口内を埋め尽くす楔が嵩を増した。
「んんッ」
 苦しげに鼻を鳴らし眉を顰める様を見れば余計に興奮が煽られる。ブラッドレイはハボックの金髪を鷲掴むと乱暴に突き入れた。
「もっと喉を締めろ。マスタングのモノだと思って奉仕するといい」
 そう言えば途端に震える躯が堪らない。苦痛からだけでなく滲む涙が男の嗜虐心を煽った。何度か突き入れてからハボックの唇から己を抜き出す。そそり立った楔とハボックの唇とを銀色の糸になった唾液が繋いだ。喉を埋め尽くす楔を抜かれてハアハアと荒く息を弾ませるハボックの腕を掴んで、ブラッドレイはハボックを引きずるようにしてベッドに放り上げる。長い脚を大きく開かせると、秘所から覗くリングに指をかけ、埋め込んだローターを一気に引き抜いた。
「ヒアアアアッッ!!」
 衝撃に高い悲鳴を上げて身を仰け反らせるハボックの躯を押さえつけ、咥え込んでいたものを引き抜かれ物欲しげにヒクつく蕾に己を押し当てる。ハボックの表情が絶望に歪むのを見下ろしながら、ブラッドレイはズブズブと一息に楔を突き入れた。
「ヒャウウッッ!!」
 衝撃に喉を仰け反らせるハボックに構わずガツガツと乱暴に突き上げる。最奥を抉り前立腺を押し潰せば、ブラッドレイの腕を掴む長い指に白くなるほど力が入り、ハボックの躯がガクガクと震えた。
「あふぅッ、嫌ァッ!!」
 快楽を感じる度ブラッドレイを咥え込むハボックの蕾がキュウキュウと締め付けてくる。ブラッドレイは容赦なく攻め立てながらクツクツと笑った。
「いい締め付けだ。早くマスタングにも味あわせてやりたいものだな。きっと奴も大喜びするだろう」
 そう囁けばまた締め付けがきつくなる。ブラッドレイは組み敷く青年の顔が快感に彩られた苦痛に歪むのを楽しげに見下ろしていた。


 ズブズブと容赦なく入り込んでくる凶器にハボックは悲鳴を上げて身を仰け反らせる。激しく突き上げられれば望まない快感に躯が染まって、唇からイヤラシい声が零れるのをハボックはどうすることも出来なかった。
「いい締め付けだ。早くマスタングにも味あわせてやりたいものだな。きっと奴も大喜びするだろう」
 頭上から嘲るような声が降ってきてハボックは目を見開く。愛しい男の名を耳にすれば何よりも惹かれた黒曜石が目の前に浮かんだ。
(たいさ)
 心の中でそう呼んだ途端、ガツンと激しく突き入れられてハボックは嬌声を上げてしまう。ロイへの気持ちを抱いたまま他の男に犯されて悦びを感じる躯が、ハボックは疎ましくて堪らなかった。
(嫌だ)
(嫌だ、もう)
(感じたくない)
(もう、なにも)
(なにも)
 頭の中をぐるぐると、ロイへの想いと共に言葉が渦になって駆け巡る。
(たいさ)
 見下ろしてくる隻眼の向こうの黒曜石にそう呼びかけたハボックの、ブラッドレイの腕を掴んでいた手がパタリとベッドに落ちた。


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