セレスタの涙、オニキスの誓い  第二十一章


「中尉!」
 司令部に戻ると一直線に司令室に向かったロイは、司令室の扉を開けるなり中に向かって声を張り上げる。ロイの声に答えるように立ち上がったホークアイを目の端に捉えながら、ロイは執務室の扉を開けると中に入っていった。
「会食が終わるにはまだ時間があるはずですが」
 ロイの後について執務室に入ったホークアイは、扉を閉めると言う。ロイは乱暴な仕草で椅子に腰を下ろすと、ホークアイを見上げた。
「それで?他に誰が引き留められていた?」
「大佐」
 ホークアイは自分が聞いた事の方が先だとロイを見つめる。そうすればロイがため息をついて答えた。
「味も判らん、向こうの話も耳に入ってこない。それどころか相手が誰なのかも判りゃしない。そんな状態で会食に出ている意味があるか?」
「大佐」
 呆れたため息をついてホークアイはロイを見る。強引に切り上げて帰ってきてしまったらしい事を聞いて、後で先方に謝罪の連絡を入れておかなければと思いつつ、ホークアイはロイの質問に対する答えを口にした。
「東方司令部所属の受賞者で引き留められている者はおりません」
「いない?」
「それどころか、他の司令部所属の受賞者にも引き留められている者はいないようです」
 そう聞いて、ロイは一瞬ポカンとする。数度瞬きして、それからハッとしたように身を乗り出してホークアイを見上げた。
「ハボックだけが引き留められているということか?何故?」
「詳しい理由は判りません」
 ロイの質問にホークアイは首を振る。ロイが会食に出ている間の短い時間ではあったが、その間に連絡を取った受賞者の中にハボックが引き留められた理由を知っている者はいなかった。それどころか。
「出場者全員に確かめたわけではありませんが、理由どころかハボック少尉が引き留められている事を知っているのは少尉と一緒に射撃大会に出場した二人の少尉とブラウン中佐だけです」
 ホークアイが言うのを聞いていたロイは、いきなり受話器に手を伸ばす。無言のままロイが回す番号がどこのものか察したホークアイは、回線がつながる前にフックを手で押し戻した。
「中尉っ」
「なんと言うおつもりですか?ハボック少尉を早く戻せと?直属の部下でもないのに、苦情を申し入れる理由がありません」
「幾ら大総統といえど理由もなしに身柄を拘束するなど赦されないだろうッ!」
「拘束、ではありません」
 ロイの言葉を拾ってホークアイが反論する。一瞬言葉に詰まるロイを見つめて、ホークアイは繰り返した。
「少なくとも拘束ではありません。拘束ならブラウン中佐の反応も違うでしょう。そうであれば、少尉は射撃の技術を認められて大総統のところに留め置かれていると推測するのが妥当です」
「何故?射撃の技術を認められてというなら留め置くのは優勝者の筈だろうッ?三位に入賞したとはいえ新兵のハボックを引き留める理由が判らないッ」
 技術云々というならハボックより引き留めるべき者は幾らでもいるだろう。
「新兵だから、かもしれません」
 大総統の権力を持ってすれば、どこの所属の者でも引き抜くのは容易いだろう。だが余計な手間をかけるより訓練期間中でまだ所属が決まっていない新兵の方が、すんなりと手元に置けるからだというのがハボックを留め置いている理由なのかもしれなかった。
「ハボックは訓練機関が終わった後の希望所属先を私のところにするつもりだというのを、大総統は知ってるんだぞ?それなのに横合いからハボックを掻っ攫うつもりか?ふざけるなッッ!!」
 ダンッと両手で机を思い切り叩いてロイは立ち上がる。そのまま執務室を出ていこうとするのを見て、ホークアイは慌ててロイの前に立ち塞がった。
「どけ、中尉」
「まだ大総統が少尉を自分のところに引き抜くと決まった訳ではありません」
「どけと言っている」
「落ち着いて下さい、大佐。事を荒立てればかえって少尉を戻せなくなるかもしれません。ここはブラウン中佐を通してハボック少尉を東方司令部に戻すように働きかけるべきです」
 そう言って真っ直ぐに見つめてくる鳶色の瞳に、ロイはグッと言葉を飲み込む。ホークアイが言っていることは尤もな事であり、それを押してロイ自身がハボックを取り戻しに出るのがいい方法とはロイをしても流石に言うことができなかった。
「……判った。ブラウン中佐を呼んでくれ」
「はい、大佐」
 ロイの言葉を受けてホークアイが執務室を出ていく。そうして下した己の判断を悔やむことになろうとは、その時のロイには全く想像も出来なかった。


「新兵で初めて射撃大会に出場して三位入賞とは素晴らしい。流石大総統閣下が目をかけられただけはある」
「…………あ、りがとう、ございます」
 ブラッドレイに命じられるまま会食に同席したハボックは、出席者の男からかけられた言葉に軽く頭をさげて答える。必死の思いでそれだけ言うと、ハボックはキュッと唇を噛み締めた。
 エリゼの目の前でブラッドレイに犯された後、ハボックは惨めな思いで床を汚す己の欲の証の片づけをさせられた。撒き散らされた白濁を拭き取りながら、拭ったばかりの床にパタパタと涙の滴を零すハボックの心ををエリゼの冷たい視線が抉り、その痛みが新たな涙となってハボックの瞳から零れた。その後、戻ったブラッドレイと共に会食に出たハボックではあったが、バイブに絶え間なく後孔を抉られては口を開けばはしたない声を上げてしまいそうで、ハボックの前に置かれた皿は殆ど手つかずの状態だった。
「少尉、貴官の素晴らしい成績を祝って料理人が腕をふるってくれている。どんどん食べたまえ」
「……はい、サー、────ッッ」
 囁くような声で答えた途端、埋め込まれたバイブが大きくうねる。ガチャンッと皿の上にフォークを取り落として耳障りな音を立てるハボックに、テーブルについた出席者たちが一斉に非難の目を向けた。
「もう……申し訳、ありませ……っ」
「どうした、緊張しているのか?少尉」
 恐らくはポケットの中のリモコンを強へとスライドさせた男が平気な顔で言う。ハボックはもう、言葉を発することも出来ずただこの地獄のような時間が過ぎるのを待つしかなかった。


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