セレスタの涙、オニキスの誓い  第百四十七章


 シューッと大きなため息をつくように、列車が蒸気を吐き出して停車する。大勢の憲兵や駅員の先頭に立って到着を待つハボックの前で、列車の扉が軋んだ音をたててゆっくりと開いた。
「────」
 無意識に体を強張らせるハボックの視線の先、開いた扉から大柄な男がゆっくりと姿を現す。カツンと、ホームに降りた軍靴が堅い音を立てるのを聞きながらハボックは列車から降りてきた男を見つめた。ハボックの視線を受け止めて、男はその鋭い隻眼でハボックを見つめ返す。その口の()がニィとつり上がり、笑みを浮かべたブラッドレイは言った。
「久しいな、ハボック少尉」
「大総統閣下」
 ハボックはピッと文句のつけようのない敬礼をしてブラッドレイを見つめる。逸らされる事なく真っ直ぐに見つめてくる空色に、ブラッドレイは片眉を跳ね上げた。
「────元気そうでなによりだ」
「ありがとうございます、閣下」
 ハボックは答えてあげていた手をおろす。
「司令部までお送りいたします」
 ブラッドレイが指示を与えるより早く、ハボックはそう言うとブラッドレイと秘書官を身振りで促した。
「フン」
 そんなハボックをブラッドレイは鼻で嘲笑(わら)って歩き出す。秘書官と共にその後について歩き出しながら、ハボックはホッと息を吐き出した。


 ブラッドレイがシートに腰を下ろすのを確認してハボックは軍用車の扉を閉める。急いで運転席に回るとハンドルを握りゆっくりとアクセルを踏み込んだ。静かに走り出した車は徐々にスピードを上げていく。後部座席に座る男の存在を嫌と言うほどに感じて無意識にハンドルを強く握り締めていることに気づいて、ハボックはゆっくりと息を吐き出した。
「マスタング大佐は元気かね?」
 その瞬間、背後から聞こえた声にハボックの手がビクリと震える。ハボックは大きく息を吸い込みその息を吐き出しながら答えた。
「はい、閣下」
「久しぶりにゆっくり話をしたいものだ。私がこちらに滞在中に会えるといいが」
 ブラッドレイはルームミラー越しハボックを見つめる。
「忙しいかな?彼は」
 面白がるような光をたたえて隻眼が見つめてくるのを感じながらもミラーを見られずにハボックは唇を噛み締める。
「閣下の御滞在中、オレは大佐の護衛任務からは外れますので予定の方は」
 判りかねます、と答えるハボックにブラッドレイはククッと低く笑った。
「私がマスタング大佐に会うのは嫌かね?少尉」
「ッ!」
 そんな風にはっきりと尋ねられて、ハボックは反射的にミラーを見る。そうすればじっと見つめてくる隻眼と目があって、ハボックはゴクリと唾を飲み込んだ。
「オレはサーに意見を言える立場には、増してや嫌だのなんのと言える立場にはありません」
「そうかね?君だからこそ、いや、君にしか言えないと思うが。そうだろう?ハボック少尉」
「────」
 クツクツと笑う声を背後に聞きながらハボックはハンドルを握り締める。
(しっかりしろ。もう絶対に間違わないと誓ったんだ。オレは大佐の、ロイ・マスタングの部下なんだから)
 心の奥底に植え付けられたブラッドレイに対する恐怖心が頭を擡げようとするのを、ハボックは必死に押さえ込んで車を走らせた。


 車の座席に背を預けてゆったりと構えたブラッドレイは、ハンドルを握るハボックの金髪を見つめる。背を向けていてもその全身から緊張感を漂わせるハボックに、ブラッドレイはクッと笑った。
(必死だな。マスタングと情を通じあわせて、余計に護らねばという気持ちが強くなったか)
 哀れな、と思うと同時に滑稽だとブラッドレイは思う。
(弄ぶのは簡単か。それならまずマスタングと遊んでやろうか?)
 こうしてハボックが自分の目の届かないところでブラッドレイといることで、ロイは神経をすり減らしているに違いない。
(だったら目の届くところへ連れていってやろう。感謝しろ、マスタング)
 遠くに見えてきた東方司令部の建物を車のフロントガラス越し見つめながら、ブラッドレイは己の退屈が紛れていく事の悦びを感じていた。


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