セレスタの涙、オニキスの誓い  第百四十一章


「大総統がこっちに来るって……なにしに?」
「さあ。秘書官は用件までは言っていなかったわ」
「じゃあ、何かこっちで会議でもあるんですかねっ?司令室の方へ上がってきてないだけで、大総統に臨席を仰ぐ会議がきっとあるんですよ!」
殊 更軽い調子でそう言うブレダをホークアイの鳶色の瞳がじっと見つめる。同意を求めて縋るように見つめて返してくるブレダにホークアイが口を開いた。
「秘書官からの要請は、ブラッドレイ大総統がイーストシティに滞在中の護衛と補佐を務めてくれる人員の配置。前々から大総統を“よく”知っているハボック少尉に任せたいと言ってきたわ」
「ッッ!!」
 ホークアイの言葉にブレダは目を大きく見開く。震える拳を握り締めてブレダは言った。
「なんで今更?もうハボックの事は興味がなくなったんじゃなかったんですか?」
 ハボックのロイへの気持ちを利用して散々に弄び傷つけた挙げ句、遊び飽きて捨てた。ブラッドレイによって一時は進むべき道を見失って、それでも必死にここに辿り着いたハボックにこれ以上何をしようというのか。
「前に大佐が言っていた事があったわ。あの男は暇を持て余しているんだって」
「ハボは暇潰しの玩具じゃありませんッ!」
 バンッと机に手をついてブレダが椅子を蹴立てて立ち上がる。怒りに唇を震わせ目を吊り上げて見つめてくるブレダを無表情に見返してホークアイは言った。
「大総統にとって自分以外の人間は全て彼の退屈を紛らわすための玩具なのよ」
「そんなッ!そんな勝手なこと────」
「でも」
 と、ホークアイは激昂するブレダの言葉を遮る。
「大総統がなんと思おうと私たちにこれ以上彼の玩具になる気などこれっぽっちもないわ。大佐も、きっと」
「────ハボックも、そう思ってますよね?そう思ってるに決まってる!」
 まるで自分に言い聞かせるように言うブレダの言葉を聞きながら、ホークアイは主のいない執務室の扉をじっと見つめた。


「車おいてくるっスから、先戻ってて下さい」
「ああ、判った。ご苦労だったな、ハボック」
 そう言えばニコッと笑ってハボックは運転席に戻る。走り去る車を見送ったロイはステップを上がって司令部の建物の中へ入った。大勢の軍人たちが行き交う廊下をロイはピンと背筋を伸ばして歩いていく。そうすれば自然と皆が道を開け、ロイは誰にも邪魔されることなく司令室へと辿り着いた。扉を開けて、ロイは司令室の中へ足を踏み入れる。そうすれば弾かれたように顔を上げるホークアイとブレダに、ロイは僅かに目を瞠った。
「どうした?」
 明らかに様子がおかしい二人に、ロイが尋ねる。答えを待って二人の顔を順繰りに見遣れば、ホークアイが口を開いた。
「お留守の間にセントラルから連絡がありました」
「セントラル?どこから?」
「大総統の秘書官からです」
 尋ねながら執務室へと歩き始めていたロイは、ホークアイの言葉に足を止める。ゆっくりと振り向き見つめてくる黒曜石を見返して、ホークアイは続けた。
「来週、ブラッドレイ大総統がイーストシティに来るそうです。こちらに滞在中、ハボック少尉に護衛と補佐を任せたいと」
 ホークアイの言葉を聞いてもロイは無表情のままだ。ロイの沈黙に耐えかねてブレダが口を開きかけた時、司令室の扉が開いてハボックが戻ってきた。
「ただいま戻りました!──── あの……どうかしたんスか?」
 元気よく声をかけたものの明らかに普段と違う空気を感じて、ハボックが首を傾げる。そうすればロイが答えた。
「なんでもない。ああ、ハボック、すまんが来週一緒に休みを取るのは無理そうだ。お前は予定通り、いや、そろそろ疲れも溜まる頃だろう、少し長めに休みをとるといい」
「えっ?」
 唐突にそう言われてハボックは目を瞠る。ロイを見つめ、ホークアイ、ブレダと視線を巡らせてハボックは言った。
「どういうこと?ブレダ」
「えっ?いや、それは……」
 ギクリと身を震わせて目を逸らすブレダに、ハボックが詰め寄る。ブレダの腕を掴んでハボックが言った。
「ブレダっ、何かあったんなら言えよ!」
「答える必要はない、ブレダ少尉」
 詰め寄るハボックにブレダが答えるより早くロイが言う。ハッと見つめるハボックがその目を怒りに吊り上げて声を張り上げた。
「なんスか、それ!なんでオレに教えてくれねぇのッ?長めに休みを取れって、一体なんでッ?」
 そう尋ねられてもロイは何も答えない。そのまま執務室へ入ろうとするロイをハボックが引き留めようと手を伸ばした時、ホークアイが口を開いた。
「来週セントラルからブラッドレイ大総統がお見えになるわ。その間の護衛と補佐を貴方に頼みたいと秘書官から連絡があったの」
「──── え?」
 そう言って真っ直ぐに見つめてくる鳶色を、ハボックは目を見開いて見つめた。
「大総統が?何しにくるんスか?」
「目的までは教えてくれなかったわ」
「目的など決まっている。ハボックが私の元に配属されたと聞いていい暇潰しになると思ったのだろうッ」
「大佐」
 吐き捨てるようにロイが言うのを聞いてハボックはロイを見る。ロイはハボックを見つめ返して言った。
「奴の暇潰しなんぞにつきあってやる必要はない」
「でも、護衛と補佐の要請があったんでしょう」
「それが奴のやり方だとこれまで散々見せつけられて来ただろうッ」
「そうっスね。そのたびオレはよかれと思っては間違ってばかりいた」
 ロイの言葉にハボックはそう答える。
「だからこそ今度は間違えるわけにいかない。間違えるわけにはいかないんス」
 ハボックはロイを真っ直ぐに見つめきっぱりと言った。


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